黎明の予兆
朝は、病的なほど淡い光とともに王都へ降りてきた。
恐怖の囁きに包まれた街路をルシアンが歩いているその頃――
彼から離れた場所で、二人の英雄が、別の戦争を戦っていた。
静かで、残酷な戦いを。
光と力。
光に選ばれし娘たち。
かつては万人に称えられ――
今は、監視されている。
黎明の神殿は、白く清廉な灯台のように聳え立っていた。
甘い香の奥に刃を隠した、信仰の要塞。
ステンドグラスを貫く光は、槍のようにすべてを裁く。
エミリーは、深く息を吸ってから敷居を越えた。
カラはその背後に続き、槍に手を添える。
まるで、空気そのものが敵に変わり得るかのように。
神官、修道女、信心深き貴族たちが両脇に並ぶ。
その眼差しには、敬意と……疑念が混じっていた。
大司祭エリラが一歩前へ出る。
白い大理石の上を滑るような足取り。完璧で、非の打ち所がない。
「黎明に祝福されし娘たちよ」
母のように柔らかな声。
だが、その奥には刃が潜んでいた。
「女神は、あなたたちに《視》と《務め》を授けられました」
エミリーの背に、かすかな震えが走る。
カラは眉をひそめた。
「一つの予兆が、この地を歩いています」
エリラは続ける。
「あなたたちの、すぐ近くにある影」
一拍。
沈黙を、信徒たちの恐怖が満たす。
「……ルシアン?」
エミリーの声は囁きだった。
名を口にするだけで、灼けるように。
ざわめきが、見えない刃へと変わる。
「ダグラス公爵です」
大司祭は訂正する。
まるで、彼の在り方がすでに定められているかのように。
「彼の現れる地で、自然は歪み、獣は異形へと変じ、死者は増える」
若い神官が、狂信を宿した瞳で一歩前に出た。
「あなた方も見たはずだ。
彼の足跡には、必ず“破壊”がある。
偶然ではない。――運命だ」
カラは奥歯を噛みしめる。
「ルシアンは、あんたたちが数えるより多くの命を救ってきた」
低く唸るように言った。
「悲劇があったのなら、彼はそれを食い止めてきた」
それに応えるように、憤りのざわめきが広がる。
エミリーは視線を床に落とした。
――彼が怒りに呑まれ、
剣を振るう姿を、彼女は知っている。
圧倒的な力。
敵を恐れぬ眼差し。
そして――
その奥に潜む、影。
神殿は、それを嗅ぎ取っていた。
エリラはさらに一歩踏み出し、慰めるように手を差し伸べる。
「我が子よ……感じないのですか?」
声は蜜のように甘く――毒だった。
「光は、彼を拒んでいます。
あの者は、この世界に属していない」
エミリーは唾を飲み込む。
彼が敵を斬る時、
一切の慈悲を見せない、その瞬間を――
彼女は、恐れていた。
もし、いつか制御を失ったなら……。
信徒たちが、次々に跪く。
「世界を浄化せよ」
「王国を守れ」
「光は、汝を選んだ」
祈り。
――それとも、鎖。
エリラは声を張り上げる。
差し込んだ光が彼女を照らし、ほとんど神のように見せた。
「あなたたちが動かなければ――
誰も、この災厄を止められません」
エミリーの足元から、床が消えた気がした。
カラが彼女の腕を掴む。
強く、確かな、人の温度。
「綺麗な言葉で、頭を縛られるな」
戦士は低く囁いた。
大司祭は、ただ微笑む。
どんな短剣よりも、鋭く。
神殿を出た瞬間、群衆は喝采した。
足元に投げられる花。
信仰に満ちた笑顔。
――作られた希望。
エミリーは吐き気を覚え、
カラは地面に唾を吐いた。
義務が、彼女たちを呼ぶ。
信仰が、押し潰そうとする。
世界が、指を差す。
だが、心の奥では――
もっと深い真実が叫んでいた。
血を求めているのは、女神ではない。
人間だ。
恐怖だ。
そして、操作だ。
やがて、選ばねばならない。
共に血を流した、愛する者を救うか。
それとも――
可能性という名の恐怖のために、世界に差し出すか。
そしてエミリーは悟った。
見えない剣が、己の喉元に食い込むのを感じながら。
――どちらを選んでも、
自分は“裏切り者”になるのだと。




