予兆と剣
玉座の間の扉が、鈍い音を立てて背後で閉じられた。
ヘラルドたちは両脇に立ったまま動かない。
暗い法衣に包まれたその姿、神の苛立ちに燃える瞳。
本当は言いたかった。
叫びたかった。
預言を、彼の顔に叩きつけたかった。
だが、広場に響く――
五百人のダグラス兵の足音の反響は、どんな祈りよりも雄弁だった。
彼らは視線を合わせることなく道を空けた。
まるで、王を恐れる乞食のように、拳を強く握りしめながら。
ルシアンは歩みを止めない。
一瞥すらくれてやらなかった。
ダグラス宮殿の敷居を越えた、その瞬間――
誰かが彼を壁へと押しつけた。
燃えるような抱擁。
必死で、壊れそうなほどの。
「ルシアン!」
――アデラ。
世界が崩れ落ちるのを恐れるかのように、彼女はしがみついた。
その力はあまりに強く、鎧が軋む音を立てるほどだった。
顔を彼の胸に埋め、震えながら、涙が止めどなく溢れている。
その傍らで、魔獣――
堂々たる白虎が、低く唸った。
盾をも断ち割る牙を覗かせ、
守護そのもののような、ほとんど神威に近い眼光を放っている。
一瞬、ルシアンの背筋を冷たいものが走った。
――この力。
――この、空気を圧する感覚。
それは、凍れ枯れの地で感じたものと同じだった。
あの獣が、数十の兵を蹂躙した時の……。
アデラは、さらに強く彼を抱きしめる。
「もう……私を置いて行かないで……」
涙に濡れた声が、砕ける。
ルシアンは彼女の肩を掴んだ。
力強く、しかし優しく。揺れる身体を支えるように。
彼女は、ただの護衛ではない。
彼の不在時、唯一――公爵領を守れる存在。
「必要だった」
声は揺れなかった。だが、腕を回し、触れ方を和らげる。
「辛かったのは、分かっている」
アデラが顔を上げる。
その瞳には、痛みと……
数日間、必死に抑え込んできた怒りが燃えていた。
「私の務めは……あなたを守ること」
声が震える。
「もし、あなたに何かあったら……私は……私は……」
「アデラ」
低く、明確な声で制した。
「魔獣騎兵を指揮できるのは、お前だけだ」
「俺がいない間、公爵領を守れるのも、お前だけだ」
「ここにいてくれなければ困る。分かるな?」
白虎が鼻を鳴らした。
その言葉を、否定するかのように。
アデラは視線を落とす。
だが、指先は怒りを押し殺すように震えていた。
「……もう一度、あなたと離れるのは嫌……ルシアン……」
掠れた囁き。
消えてしまうのを恐れるように、再び彼にしがみつく。
――この執着は、危険だ。
彼女にとって。
ルシアンは、そっと彼女の頬に触れ、顔を上げさせた。
視線を、真正面から合わせる。
「次はない」
「次に行く時は……必ず、一緒だ」
アデラは深く息を吸った。
涙を飲み込み――
ゆっくりと、頷く。
震える胸に拳を当てながら。
白虎は唸るのを止めた。
牙はまだ輝いていたが、頭を下げる。
その約束を――
血の契約として、受け入れたかのように。
「……約束、ね」
彼女は再び、彼の胸に顔を埋めた。
押し殺した嗚咽が、静かに漏れる。
そして――
その瞬間、初めて。
ルシアンは思った。
――この約束を、守れないかもしれない、と。




