『ジャッカルの娘』
エルドリアに、夜明けは遅れて訪れた。
まるで太陽そのものが、毛布に覆われた亡骸や、燻る廃墟、そして血に染まったままの剣を照らすことを恐れているかのようだった。
帝都に鳴り響く鐘の音は重苦しい喪の調べ。その一打ごとが、帰らぬ者たちの数を突きつけてくる。
だが中央広場では、灰に覆われて色を失った帝国の旗の下、人々は悲劇について囁いてはいなかった。
語られていたのは――彼らを守って死んだ、一人の男のことだった。
マーカス・ヴァレンタイン。
鉄のジャッカル。
エルドリアの総督。
敵が城壁を破ったとき、彼は市民を逃がすため、最後まで門に残ったという。
十人、三十人、百人を相手に戦ったという。
最期の息は、彼らを守るための咆哮だったという。
噂は、真実よりも美しかった。
そして――それで十分だった。
広場の中央。
即席で作られた父の像の前に、一人の若い女性が立っていた。
年は二十二。引き締まった表情、寒さにこわばる指先。黒い外套が風にはためいても、その瞳だけは微動だにしない。
彼女は前を見据えていた。かつて父がそうしていたように。
ローラ・ヴァレンタイン。
ジャッカルの、ただ一人の娘。
兵士たちは沈黙の中で彼女を見守っていた。
純粋な敬意を向ける者もいれば、罪悪感混じりの感謝を抱く者もいる。
恐怖を鎮める術を、あの男ほど知る者はいなかった。
そして今、誰もが立ち尽くしていた――次に進む道を、誰かが示すのを待ちながら。
ローラが口を開いた。
震えはない。涙もない。
広場を包む静寂が、誓約のように彼女を支えていた。
「ここは……父が兵を鍛えていた場所です」
表情を一切動かさず、彼女は続ける。
「父は、己の義務を果たして死にました」
鋼のような声が、人々の上に響き渡る。
「エルドリアと、その民のために命を捧げたのです。だから私は誓います。父の犠牲を……決して忘れさせない。まして、取引の材料になどさせない」
ざわめきが群衆を走った。
「帝国は……彼の功績を称えると決定しました」
一拍置き、ローラは言葉を継ぐ。
「そして私が……この街が再び立ち上がるまで、臨時総督を務めます」
兵士たちは一斉に拳を胸に当てた。
拍手はなかった。
ただ、重く、痛みを伴う、真実の沈黙だけがあった。
ローラ・ヴァレンタインに喝采は不要だった。
その存在だけで、誰もが理解していたからだ。
――ジャッカルは死んだ。
――だが、ジャッカルの娘が生まれたのだ。
群衆が散り始めたその時、煤に汚れた旗の間を縫うように、四つの影が前へと進み出た。
先頭はルシアン。右隣にエリザベス。
その後ろを、エミリーとカラが無言で続く。規律ある影のように。
ローラは動かなかった。
父の像を見つめたまま、足音が止まるのを待つ。
「ヴァレンタイン」
ルシアンの声は平坦で、哀悼の色はなかった。
彼女はゆっくりと顔を向ける。
その瞳が求めていたのは、同情ではない。認識だった。
「ダグラス公爵。エリザベス王女」
エリザベスは、憐れみではなく、真摯な敬意を込めて一礼した。
「エルドリアは勇敢な男を失いました。でも今日、新たな指導者を得たのです」
ローラは目を伏せず、微笑みもしない。
その言葉を、武器を受け取るかのように受け止めた。
「この地を立て直します。帝国の助けがあろうと、なかろうと」
含みのある言葉に、カラが眉を吊り上げる。
一方、エミリーは一歩前へ出て、背筋を正した。
ルシアンが口を開いたのは、その緊張を孕んだ沈黙の後だった。
「我々は一日だけ、ここに留まる」
迷いのない声。
「それから、旅を続ける」
エリザベスが横目で彼を見る。
カラは顔をしかめ、エミリーは武器の柄を強く握った。
沈黙が――重く落ちた。
ローラは一歩前に出る。
喪失の影を、切迫した現実の下に押し殺して。
「一日……?」
その言葉は刃だった。
「この街を襲った怪物は、ここで倒れていません。撤退しただけ。いつ戻ってきてもおかしくない」
恐怖ではない。
責任に抑え込まれた、激しい怒りが彼女の瞳に宿る。
「父はエルドリア最強の戦士でした。今の私たちは……無防備です。もしあなたたちが去れば、あれが戻ってきた時、誰が止めるのですか?」
カラが槍を地面に突き立てた。
「私たちは行かない」
許可を求めない、断固たる声。
「民が危険にさらされている限り」
エミリーは深く息を吸い、柔らかくも、魔力のように澄んだ声で言った。
「この怪物は偶然現れたんじゃない、ローラ。必ず戻ってくる。その時――私たちは、ここにいる」
エリザベスはルシアンを見た。
命令はしない。
だが、その瞳にははっきりと書かれていた。
――このまま、置いてはいけない。
ルシアンは一瞬、目を閉じた。
留まるということは、旅の遅延。危険への露出。
そして――彼が知っている「ゲーム」の未来を書き換えることを意味する。
やがて口を開く。その声は、称賛を求めず、だが敬意を強いるものだった。
「ならば……」
短く息を置き、
「その怪物を討つまで、我々は去らない」
ローラの肩が、初めてわずかに緩んだ。
それは安堵ではない。
――希望だった。
か細いが、確かな光。
「……ありがとう」
囁くような声。
「エルドリアは、この恩を忘れません」
カラは獰猛に笑い、
エミリーは慈しみを浮かべ、
エリザベスは静かな誇りを宿した。
ルシアンは、ただ頷いた。




