第一章 ―― 勝利
ついに、ゲーム会社ニューゲームズは発表した。
同社の看板JRPG――
『魔導世界大戦』
その最優秀賞の受賞者を。
公式サイトに表示された名は、エルウィンの画面でひときわ輝いていた。
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それは、彼のユーザー名。
彼の勝利だった。
エルウィン・レノックスは、まだ信じられずにいた。
手のひらは汗で濡れ、眠れぬ夜を重ねたせいで目は赤く焼けるように痛む。
背中には深い疲労が走り、背骨にかすかな痺れすら感じていた。
それでも彼は、執念じみた正確さでフォームを埋め続けた。
認証コード、登録証明、総プレイ時間のスクリーンショット。
安いコーヒーとジャンクフードだけで何日も部屋に籠もり、不可能なボスと向き合い、
ゲームの中では詩のように美しい魔法適性を――
現実ではただの幻想として消費してきた。
一つ一つの呪文、決闘、任務が皮膚に刻み込まれるようで、
まるでデジタルの世界が、こちら側から彼に触れ始めているかのようだった。
何かが見ている。
ゲームと時間を超えた、もっと大きな何かが。
「送信」を押した瞬間、心臓が胸を打ち鳴らした。
五十万ドル。
彼の人生は――ついに変わる。
まだ知らなかっただけだ。
すでに、変わっていたことを。
翌朝、エルウィンがソファから起き上がれずにいると、呼び鈴が鳴った。
画面の残光とキーボードの音が、まだ頭に残っている。
足を引きずるように玄関へ向き、ドアを開けた。
そこに立っていたのは、黒いスーツに身を包んだ男だった。
完璧に整った装い。
礼儀正しすぎる笑みは、決して目に届いていない。
「え……どちら様で?」
困惑しながら、エルウィンは口にした。
男は答えなかった。
ただ、手を動かした。
金属の閃光が室内を裂いた。
冷気が肺から息を奪う。
刃は、プロの殺し屋のような正確さで、肉と骨を貫いた。
「あ……」
理解する前に、世界が崩れ落ちる。
視界で爆ぜる光。
遠くなる音。
シャツを濡らす、温かな滴。
倒れゆく彼を見下ろす男の歪んだ笑みは――人のものではなかった。
闇が、すべてを飲み込んだ。
次に目を開けたとき、彼は自分の部屋にいなかった。
夜ですらない。
湿った風が髪を揺らし、苔と濡れた土の匂いが肺を満たす。
葉の擦れる音、見えぬ足音に折れる枝。
ぎこちなく身を起こすと、腕も脚も自分のものではない感覚があった。
そして、彼は見た。
黒いスーツの男が、そこにいた。
――だが、もうスーツは着ていない。
風に揺れる暗色のローブ。
乱れた髪。
そして、人間だったはずの瞳は、妖しく赤く輝いていた。
彼は、人ではない。
「こんな形で連れてきてしまい、すまない」
低く響く声が、空気を震わせた。
「だが、他に選択肢はなかった」
エルウィンは反射的に後ずさる。
脚は震えていた。
「な……何をした……?」
「お前の世界では決して与えられなかった機会を与えた。
逃げ道だ。可能性だ。
お前は――私の試練を超えた」
「試練だと? 殺したじゃないか!」
「必要だった」
男は動じない。
「肉体は耐えられなかった。だが、魂は違う」
荒唐無稽な言葉。
だが、身体の痛み、異質な空気、手の下の湿った大地が、否定を許さなかった。
「魔導世界大戦は、ただのゲームではない」
男は続ける。
「フィルターであり、訓練だった。
――クーリアに適応できる者を見つけるための」
クーリア。
古い鐘のように、名が空気を震わせた。
「……お前は、何者だ?」
赤い瞳が、さらに輝く。
「私は――ケリスだ」
禁忌の響きが、脳裏に突き刺さる。
「この世界は現実だ。
魔法が支配し、神々が歴史を紡ぎ、すべての魂には運命が刻まれている……
――ただし、お前を除いてな」
喉が鳴る。
恐怖が、息を締め付けた。
「お前は《運命の書》に存在しない」
ケリスは言った。
「誰にも予測できず、誰にも道を辿れない。
それが――私に必要なのだ」
「……何のために……?」
「お前がゲームで見た歴史を変えるためだ」
神は、かすかな哀しみを帯びて答えた。
「そして、生き残るために」
一歩、近づく。
圧倒的な存在感。だが、今は敵意はない。
「お前は――
ルシアン・ダグラス・ド・モンドリングの肉体を得た」
「物語では、若くして死ぬ悪役だ。
一週間で、肉体と魂は完全に融合する。
――使い方を誤るな」
足元が崩れ落ちる感覚。
すべてが、あまりにも過剰だった。
「……詰んでるだろ」
ケリスは冷たく微笑んだ。
「生き延びろ。
そうすれば、元の世界へ返してやる」
その姿は、黒煙のように消え始める。
「ここで死ねば――永遠の死だ」
そして、消えた。
森の沈黙が、重く彼を包んだ。




