森の羽音
グループが森の奥へ進むにつれ、空気は重く湿り、太陽の光はわずかに木々の間から漏れるだけだった。低く、ほとんど聞こえない羽音が周囲に響き、全員の筋肉が緊張する。
ルシアンの前を歩くサンダーが、不安げにいななきした。青い火花が体を包む。獣の本能が危険を告げていた。
「どうした、相棒?」
ルシアンは手綱を調整し、森を注意深く見渡す。
木々の影を駆け抜ける閃光。あまりにも速く、視線で追うのがやっとだった。気づく前に、黄色がかった影が地面に叩きつけられ、土や枯葉、折れた枝が舞い上がる。
巨大なハチだった。馬ほどの大きさで、羽ばたくたびに轟音の羽音が空気を震わせる。黒く光る目が、グループの動きを正確に追う。
アルバートが前に出る。正確に計算された動きで、剣をひと振り。ハチの羽を切り裂き、頭部に一撃を叩き込む。ハチは紫色の粘液を数秒流しながら震え、動かなくなった。
老練な戦士は、死骸を真剣な目で見つめる。
「群れが近くにいるな……。単体ならクラスC、群れになるとクラスBだ。百匹集まれば、このレベルの魔獣でも倒せる。」
騎士たちは緊張した視線を交わす。一人が小声で言った。
「捕まえられれば…毒や針も高く売れる。」
アルバートはゆっくり首を振る。
「五、六人は死ぬぞ。それだけの価値はない。」
ルシアンは眉をひそめ、群れ全体と戦うことを想像する。
「そんなに危険なのか?」
「見た目以上だ。」アルバートは答える。
「毒は肉を焼くだけでなく、マナの流れまで止める。」
左耳の銀のピアスを指さす。
「その装置で大半の毒は防げる。」
ルシアンは驚き、触れる。
「これ? つけてることさえ知らなかった。」
アルバートは片眉を上げる。
「ダグラス家のアルカナムだ。マナを注入すれば浄化魔法が発動する。蜂に刺されても命を救える…かもしれない。」
「ほとんどの毒に?」
アルバートは頷く。
「クラスCとBなら問題ない。ただし無限ではない。使用するたびにマナを消費し、銀は摩耗する。ルーン刻印も削れる。限界を超えれば、ただ反応しなくなる。」
ルシアンは小さな銀の輪を見つめる。
それは無敵ではない。限られた保険。力強いが、期限付きだ。
「例外もある。」アルバートは続ける。
「三種類の毒は防げない。二つは極めて希少で高価、イタカ皇帝でも手を出せない。」
少し間を置く。
「三つ目は最悪だ。数秒で体を麻痺させ、マナの流れを止める。届けば、アルカナムを発動する間もない。」
背筋に冷たいものが走る。
ルシアンはマナが止められる光景を想像した。目に見えぬ岩にせき止められた川のようだ。周囲の騎士たちも緊張の視線を交わす。
シモペリアの森――この世界では、利点にも限界がある。
静寂が戻る。光は霧と枝の間で揺れ、羽音が遠くでかすかに響く。森の中では、最小の生き物ですら命を奪う可能性があるのだ。
アルバートが一歩前に出る。木々の間に声が響く。
「目を離すな。大きな羽音を聞いたら、戦わず後退せよ。魔法の結界で身を守れ。群れに潰されてはならない。」
ルシアンはハチの死骸と地面に滲む毒液を見つめる。森は生きている――飢えている。
サンダーが鼻を鳴らし、体に火花が走る。
ルシアンは手綱を引き、うなずく。
「進もう。これからが本番だ。」




