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木々の間に潜む影

進むにつれ、森は次第に密度を増し――そして、危険さを増していった。


魔物たちは正面から襲ってこない。

彼らは――狩っていた。


木々の間を移動する影。

自然のものではない遠吠え。

樹上から注がれる、鈍く光る視線。


民間人たちは恐怖に震えながら身を寄せ合い、

子どもたちは声を殺して泣き、

司祭たちは断続的に光の結界を張り続けていた。


レオナルドが、思わず口にする。


「この調子じゃ……

 帝都に着くまで、何週間もかかりそうだな」


数分前に変異したゴブリン型魔物を粉砕するために使った巨大な岩を担ぎながら、カラが答えた。


「一日遅れるごとに……

 また誰かが死ぬ」


前方でルシアンとエリザベスを見据えながら、エミリーが続ける。


「目的を見失ってはだめ。

 帝都は、私たちを必要としている」


だが、ルシアンの背中を睨みつけたまま、アレハンドロが低く呟いた。


「……ここには、別の目的を持ってる奴がいる」


その夜の野営地は――静かだった。


あまりにも、静かすぎた。


最初に異変を察知したのは、ルシアンだった。

彼の周囲で闇が揺らぐ。

温かく、馴染んだ気配――だが、どこか苛立っている。


(……何かが、闇を刺激している)


雷馬サンダーは立ったまま微睡んでいたが、

電気を帯びた鬣が、不安げに火花を散らしていた。


一方、アンバーは森を凝視したまま動かない。

影と筋肉でできた彫像のように。


ルシアンは静かに天幕を出た。

その瞬間、影が彼の身体に折り重なり、

ほとんど視認できない外套となって包み込む。


――ε(イプシロン)適性。

夜は、彼の領域だった。


兵士たちは規律正しく警戒を続け、

民間人は眠ろうとしていた。


英雄たちは――

自分たちが無敵であるかのように振る舞っていた。


その時。


闇が、砕けた。


耳を裂く唸り声。

森の奥から、赤い目が三つ浮かび上がる。


六つ。

十数個。


狼、昆虫、人間が歪に融合したような怪物たち――

腐敗した魔獣。


マナ・トラッカー。

絶望の匂いを嗅ぎ取り、それを喰らう scavenger だ。


英雄たちは、何の計画もなく戦闘に飛び込んだ。


アレハンドロは味方や民間人を顧みず、

無差別に火を放つ。


レオナルドの雷撃は兵士の視界を奪い、

近くの民間人を混乱させた。


カラは号叫とともに突撃し、命令を待たない。


エミリーは強烈すぎる光の結界を展開し、

兵士の盾すら無意味に見えるほどの輝きを放った。


完全な混乱。


民間人は悲鳴を上げて逃げ惑い、

兵士は秩序を保とうとし、

司祭たちは恐怖の中で祈りを叫ぶ。


その中で――


ルシアンは、消えた。


空気が冷える。

月の光が、翳ったように見えた。


《シャドウ・スペクター》。

音を消し、存在を薄める――彼の代名詞とも言える影の魔法。


魔物たちは、彼に気づくことすらなかった。


最初の一体の背後に現れ、

影の刃で頭蓋を貫く。


煙のように消え、

次の瞬間、反対側で三つの喉を一閃。


周囲からは――

紫の閃光と、倒れる影しか見えない。


混乱する兵士たちの中、

アンバーとサンダーが、獣のような執念でエリザベスを守っていた。


エリザベスは、それを見ていた。


力を誇示する戦士の嘘は、彼女には分かる。


だが、ルシアンは違う。


彼は――本物だった。


それが、彼女を誇らしくさせた。


第一波が退けられた時、

ルシアンは兵士たちの背後、影の中から姿を現す。


「密集陣形!」

「二列! 盾を上げろ! 民間人は後方へ! 急げ!」


兵士たちは即座に従った。

民間人は、その声を“安全”として信じた。


遠くからエミリーが歯を食いしばる。


「……ここでは、指揮官気取りね」


アレハンドロも吐き捨てる。


「最低な野郎だ。

 英雄ぶってやがる」


だが、レオナルドは初めて迷いを見せた。


「……あれは、ただの小細工じゃない」

「中級魔法でも……ない」


トラッカーたちは再編成する。


骨板に覆われた黒いアルファ個体が、

不自然な咆哮とともに姿を現した。


再び、魔物たちが襲いかかる。


「ラインを維持しろ!」

ルシアンが叫ぶ。


闇が彼の手から地面へと広がり、

影の円陣となって魔物の脚を絡め取る。


民間人には、一切触れない。


外科手術のような魔法。

正確で、容赦がない。


兵士たちは反撃に転じ、

司祭たちは結界を強化し、

民間人は秩序の中で後退した。


そして――


アルファは、エリザベスへ向かった。


アンバーが迎え撃ち、

サンダーの雷撃が後退させる。


だが、それでも足りない。


その時、ルシアンが現れた。

空気そのものから生まれた亡霊のように。


アルファが跳ぶ。


ルシアンが、囁いた。


「――完全なる闇」


紫の閃光。

完璧な一太刀。


魔物は、二つに分かれて倒れた。


戦いが終わり、野営地は疲労の吐息に包まれる。

死体は集められ、

子どもたちは泣き、

兵士たちは震えていた。


エリザベスは、火鉢のそばに座っていた。


そこへ、エミリーが近づく。

内なる光が、まだ揺れている。


「ねえ、可愛いお姫様」

冷たい笑みを浮かべて言う。

「……話、しなきゃいけないわよね?」


エリザベスは、視線を向けない。


「いいえ。

 話すことなんて、何もないわ」


エミリーは少し身を屈める。


「教えて?

 彼のどれくらいが……あなたのものなの?」


エリザベスの目が細くなる。


振り向かぬまま、

不気味なほど穏やかに答えた。


「彼のすべては、私のものよ」

「たとえ運命が否定しても。

 たとえ彼自身が、もう見えなくなっていても」


そして、ようやくエミリーを見る。


「……あなた、ずいぶん大胆になったわね」


エミリーは歯を噛みしめる。


「彼は私の婚約者よ。

 私たちには、誓約がある」


エリザベスは微笑んだ。

それは、悲しい微笑みだった。


「そう思っているのね」

「誓いは……破れるものよ。

 最近、それを証明した人たちがいるもの」


エミリーは一歩退いたが、叫ぶ。


「私は、誓いを破らない!」


エリザベスはゆっくり立ち上がる。

一言一言が、鋭い囁きとなる。


「彼は私のもの。

 私は彼の妻になる。

 あなたが何を続けようとも――」


顎を上げ、運命を宣言するように。


そして、最後の言葉を刃のように落とした。


「ねえ……

 昨夜、どうしてあんなに大きな声を出したの?」


「私を挑発するため?」

「それとも――

 自分自身を、納得させるため?」


エミリーは、殴られたかのように後ずさる。


会話は、そこで終わった。


勝者はいない。


ただ、一人の男によって結ばれ、

まだ誰も理解していない運命によって引き裂かれた――

二人の女が、そこにいた。

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