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東への行軍 ― 二日目

隊列は、かつての帝国街道をゆっくりと進んでいた。

もはやそれは単なる軍の行軍ではない。


前の都市が壊滅した光景を目の当たりにし、

民間人――女性、老人、子供、そして元冒険者たちが次々と合流していた。


誰一人として拒まれなかった。

ルシアンが、それを許さなかったからだ。


規律ある兵士たちは守るように隊列を囲み、

司祭たちは人々の間を歩きながら、水とマナ、そして短い祈りを配っていく。


群衆の中では、囁きが絶えなかった。

恐怖、好奇心、そして畏敬――それらが混ざり合った声。


ルシアンはエリザベスの右側を馬で進んでいた。

夜明けから彼女は、一言も発していない。


姿勢は完璧で、気高い。

だが、手綱を握る指は強く、白くなるほど力が込められていた。


やがて、彼女が口を開いた。

その声は、氷の刃のように冷たかった。


「……昨夜は、楽しかった?」


その問いは、柔らかく――しかし正確に突き刺さった。


ルシアンは彼女を見なかった。

視線は前方、沈黙の中を歩く民衆へ向けられたまま、答えを探す。


エリザベスは乾いた笑いを漏らす。

それは笑いというより、鋭い吐息だった。


「嘘でもいいから、何か言ってくれないの?」

「……エミリーは、私に気づかせたかったのよね」


二人の間に、重い沈黙が落ちる。


雷馬サンダーが不安げに鼻を鳴らし、

影の存在アンバーは、森の音ではなく感情の揺らぎに反応して顔を上げた。


エリザベスは続ける。

その声には、隠しきれない痛みが滲んでいた。


「あなたは、私の守護騎士よ、ルシアン。

 私の……」


“恋人”という言葉は、口にされなかった。


「……私の守り手なのに。

 それなのに昨夜、他の女が私の場所を“奪う”のを、あなたは止めなかった」


ルシアンは、ようやく彼女を見た。

暗く、静かな瞳で。


「エリザベス……すまない。

 彼女を求めたわけじゃない。……でも、拒まなかった。

 あれは……彼女が辛い時で、俺も……流れに身を任せてしまった」


エリザベスは視線を逸らし、唇を強く噛みしめた。


怒りは消えていない。

ただ、静かに、内側で燃えている。


それは彼への憎しみではなかった。

この状況――忠誠と欲望が交錯する運命への、苛立ちだった。


隊列の少し前方。

木立の間から、アレハンドロとエミリーの声が響いた。


アレハンドロは苛立ちを隠さず、彼女の隣を歩く。


「なあ、エミリー……何を考えてるんだ?」

「なんで、あんなにあいつに近づく?」


エミリーは、振り返りもしなかった。


「あなたには関係ないわ」


それが、彼の怒りに火を注ぐ。


「関係あるに決まってるだろ!

 ルシアンは信用できない!

 あいつの家は、俺の家族を滅ぼしたんだ!」

「それなのにお前は……あいつを庇って、従って……天幕にまで……!」


エミリーは、ぴたりと足を止めた。

アレハンドロは危うくぶつかりそうになる。


彼女は振り返る。

その瞳には、治癒の光だけではない――人を操るための、眩い輝きが宿っていた。


「アレハンドロ……」

囁く声は、冷たく鋭い。


「子供みたいな嫉妬はやめて。

 ルシアンは――私の婚約者よ」

「それに、あなたの家族の件……彼は関係ない」


「……どうして、あいつなんだ」

アレハンドロの声が、わずかに震える。

「俺じゃ、ダメなのか。

 あいつには、何がある?」


エミリーは彼をじっと見つめた。

真実を告げるかどうか、量るように。


そして、答えた。


「……あなたには、理解できないわ」


そう言い残し、彼女は歩き出した。


アレハンドロは、奥歯を強く噛みしめる。


それが答えではないことは、分かっていた。


――これは、宣戦布告だ。

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