争いに火を灯した夜
夜が訪れる前に、ルシアンは野営の設営を命じた。
正規兵たちは規律正しく外周を固め、民間人たちは隊長たちの監督のもと、即席の天幕と焚き火を用意していく。
闇が完全に陣営を包み込んだ頃――
ルシアンは交代の警備を確認するため、天幕を出ようとしていた。
その瞬間だった。
「……失礼するわ」
断りもなく、エミリーが天幕に踏み込んできた。
言葉は多くなかった。
だが、その沈黙の隙間には、抑えきれない感情と未解決の想いが重く沈んでいた。
エミリーは、挑むような視線と、縋るような眼差しを同時に向ける。
ルシアンは――すべての仕草が誤解を招くと理解している者の緊張を、その身に宿していた。
彼が一歩踏み出し、距離を詰めた瞬間。
天幕の中の空気が、張り詰め、まるで雷を孕んだかのように震えた。
その後に起きたことは、決して見過ごされなかった。
吐息。
囁き。
抑えきれぬ声。
それらは天幕の布を通して外へと滲み出し、
無言の宣言として、夜の陣営に広がっていく。
偶然ではない。
衝動でもない。
――それは、警告であり、宣言であり、そして挑発だった。
エミリーは意図的だった。
声も、吐息も、囁きさえも。
すべてが、天幕の外に届くように。
偶然ではない。
情熱ではない。
これは――メッセージだ。
ほど近い場所に天幕を張っていたエリザベス王女は、
その音を耳にした瞬間、読書の手を止めた。
何も言わない。
立ち上がりもしない。
ただ、静かに本を閉じ、深く息を吸う。
(……これが、女が“縄張りを主張する”音なのね)
(痛むはずがないのに……どうして、こんなにも)
アレハンドロは、陣営の別区画からすべてを見ていた。
エミリーがルシアンの天幕へ入る姿を。
彼はその夜、眠らなかった。
彼女が出てくるのを待ち続けた。
――だが、戻らなかった。
夜明け。
ようやくエミリーはルシアンの天幕を出た。
その表情は満ち足り、そして計算され尽くしていた。
それを見たアレハンドロは、拳を強く握り締める。
指の関節が白くなるほどに。
静かだった衝突は、
もはや隠されることのない――全面戦争へと変わった。




