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崩壊した都市とカルパティアの進軍

崩れ落ちた城壁の向こうに、かろうじて太陽が姿を現したその時――

カルパティア王国の一行が、地平線の彼方から現れた。


かつて規律正しく並んでいた家々は、今や空っぽの骸のようにねじ曲がり、倒れ伏している。

まるで大地そのものが住民を拒絶したかのように。

あるいは、この帝国の運命が、神ですら認めようとしなかった力によって書き換えられているかのようだった。


煙と、わずかに生き残った者たちの断続的な叫び声の中――

ルシアン・ダグラス・ド・モンドリングは、エリザベス王女の隣で馬を進めていた。


不自然なほど静かな佇まい。

その姿は、飽和したマナが放つ虹色の光と強烈な対比をなしていた。

彼の愛馬が一歩進むたび、影が揺らぎ、まるで現実にしがみつくように地面へと縫い留められていく。


その周囲を進むのは、総勢七千五百名。


四千五百の兵士たちは、カルパティア軍の名に恥じぬ冷酷なまでの整列で進軍していた。

残る三千は民間人――司祭、元冒険者、そして信仰や絶望に突き動かされ、ルシアンとエリザベスに従った志願者たちだ。

彼らの歩調は揃わず、助けを求めて走る者もいれば、恐怖に足を取られ、行進の太鼓にすらついていけない者もいた。


規律と即席の勇気。

その緊張が、崩れた街路の空気に濃く漂っていた。

一歩間違えれば、混乱か、さらなる崩落が起きてもおかしくない。


「……落ち着け」


前方から視線を外さぬまま、ルシアンが低く囁く。


彼の騎乗から、一本の影が滑り落ち、周囲の馬の蹄の下へと広がっていく。

それは小さなマナの暴走を次々と鎮めていった。


「王女に、指一本触れさせるな」


エリザベスは静かに頷いた。

その立ち姿は動じていないように見えたが、歪んだエネルギーに侵された一本の木が、まるで呼吸するかのように身をくねらせるのを見て、彼女の手はわずかに震えた。


司祭たちが生存者の避難を開始する。

雷の軍馬サンダーと、紅い瞳を持つ生ける影ウンバーは、古代魔法の先触れのように両翼を警戒していた。


中級ランクの魔物たちが瓦礫の間から現れ、戦士と司祭が迎え撃つ。

ルシアンは常に王女の一歩後ろに立ち、外科手術のような精度で闇の障壁を展開し、防衛線をすり抜ける攻撃を逸らしていった。


彼は、魔物を倒さない。

ただ、エリザベスに届く可能性のあるものだけを排除する。


数歩後方で、エミリーがその背中を見つめていた。

苛立ちと、尊敬が入り混じった視線で。


魔物を倒しているのは王国の英雄たち。

彼自身は剣すら振るわない。

それでも――戦場の流れは、すべて彼の判断で傾いていた。


一瞬、二人の視線が交差する。

刃のように鋭い緊張が、言葉の代わりに宙へと吊り下げられた。


先に視線を逸らしたのは、ルシアンだった。

その沈黙は、どんな答えよりも重かった。


生存者の悲鳴と魔物の咆哮が混ざり合い、進軍を彩る不吉な交響曲となる。

ルシアンは感じ取っていた――

飽和したマナは自然を歪めるだけでなく、人間の奥底に眠る原始的な恐怖を呼び覚ましている。


剣の一振りごとに、

司祭の祈りごとに、

神々への信仰は凝縮されていく。

だが、誰もまだ、この大災厄の裏にある“計画”を知らなかった。


「……この場所……」


瓦礫を見渡し、エリザベスが呟く。


「これほど多くの命が……」


「我々が引き受ける」


ルシアンの声は揺るがなかった。

一瞬だけ、その瞳に温もりが宿る――

だがすぐに、いつもの影に溶けて消えた。


進軍は続き、都市は背後へと遠ざかる。

それでも、破壊の残響は彼らを離さなかった。


やがて、帝国の首都が地平線に姿を現す。

遠く、しかし確実に脅威を放つ場所――

真の恐怖と、帝国の英雄たちが待つ中心地。


その時。


旧市場を通過した瞬間、地面が焼けつくような咆哮と共に震えた。


――レベル65のキメラ。


瓦礫の中から姿を現したそれは、

狼、竜、蛇の三つの頭を持ち、

吐き出す純粋マナが石を歪めていく。


呼吸ひとつで空気が変質し、

一歩踏み出すごとに兵の均衡が崩れる。


元冒険者たちが、戦略もなく本能だけで突撃する。

即座に正規兵が反応し、隊列を組んで彼らを制止した。

それでも、いくつかの無秩序な攻撃が放たれ、混乱だけが増していく。


だが――


ルシアンの影の波から立ち直ったキメラは、

統率のないまま前に出た英雄たちへと視線を向けた。


エミリーの光が竜の頭を貫き、

アレハンドロの炎が蛇の尾を包む。

レオナルドとカラは左右に散り、派手な攻撃で注意を引こうとするが、連携はない。


問題は即座に露呈した。


エミリーの光は民間人の視界を奪い、

アレハンドロの炎は兵士の視線を遮る。

レオナルドの無制御な雷撃は司祭と衝突寸前。

カラは力任せに正面から挑み、後方の再編を無視していた。


「――英雄たち、下がれ!」


ルシアンの声が響く。

彼の手がエリザベスに触れ、闇の障壁が展開される。


影は獣を鈍らせ、同時に民間人を包み込む防護の幕となった。


サンダーの雷撃が正確に後脚を貫き、

ウンバーとラリエットが急所へと連携攻撃を叩き込む。


兵士たちは半円陣を組み、

司祭のマナ障壁が空間制御の網を張り巡らせる。

それは、いかに英雄であろうと模倣できぬものだった。


「エミリー、尾を狙え! 民間人じゃない!」


初めて、彼女は従った。

アレハンドロは歯噛みしながらも、開かれた一瞬を待つ。

カラはようやく理解し、弱体化した側面へと怪物を押し込んだ。


数分後。


キメラは追い詰められ、

民間人に重傷者はなく、

兵は隊列を維持し、

英雄たちは力だけでは足りないと知った。


最後の咆哮を残し、怪物は破壊された港へと逃げ去る。


張り詰めた沈黙。


エリザベスは息を吐き、ルシアンに支えられながら囁いた。


「あなたの戦略がなければ……全滅していたわ」


誇りと警告が混じった声。


英雄たちはルシアンを見つめる。

尊敬と、悔しさを抱きながら。


彼は剣を振るわなかった。

王女を守るため以外には。


それでも――

規律と同期によって、彼はこの戦いを制したのだった。

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