運命の断裂(うんめいのだんれつ)
大災厄の後、世界はまるで息を止めたかのようだった。
風は吹かない。
魔物たちは抑え込まれていた。
マナは安定している――まるで大地と空そのものが、緊張した静寂の中で、ルシアンの次の一手を待っているかのように。
ソフィアは、まだ彼の腕の中にいた。
ルシアンの視線は、どこにも焦点を結んでいなかった。
サンダーは制御不能な震えとともに、涙のように電撃をこぼしていた。
アンバーは地に伏し、声なき咆哮を内に秘めたまま、沈黙の中で敗北していた。
エミリーは震えながら、血に染まった手を握りしめ、壊れた声で言った。
「ル、ルシアン……ごめんなさい……私、頑張った……でも……」
だが、ルシアンには届かなかった。
いや、何も聞こえていなかった。
指先が震える。
呼吸は、かろうじて続いているだけの細い糸。
その瞳は――空っぽだった。
彼が見ていたのは死体ではない。
彼を形作った二つの人生だった。
ソフィアの人生と……エルウィン・レノックスの人生。
初めて、その二つが同時に泣いていた。
プレイヤー。
息子。
運命づけられた悪役。
――すべてが、彼の内側で壊れた。
ソフィアの死の後に訪れた沈黙は、あまりにも完全で、まるで異界から切り取られたかのようだった。
エミリーは、かろうじて言葉を絞り出す。
「ルシアン……あ、あなたは……これから……どうするの……?」
ルシアンは目を閉じた。
唇が震えたが、それは涙のためではない。
内側に広がる、絶対的な虚無のせいだった。
その闇の中で、二つの存在が揺れていた。
高貴な家に生まれた少年と――
この世界の物語を、真剣に読もうとしなかったプレイヤー。
エルウィン・レノックスは、ムービーを飛ばし、テキストを読み飛ばし、クエストも警告も深く考えなかった。
ソフィアのことを、ほとんど知らなかった。
ゲームの中で、彼女はすでに死んでいた。
だが、どう死んだのか、いつ死んだのか、なぜ死んだのか――彼は知らなかった。
その部分を、読まなかったからだ。
そして今、その空白が、遅効性の毒のように、彼の内側を蝕んでいた。
――「これは……運命だったのか?
それとも……あいつらが引き起こしたのか?」
目を開いた瞬間、何かが変わった。
喉からこぼれ出た声は、
子どものものではない。
公爵のものでもない。
混乱したプレイヤーのものですらなかった。
もっと深く、
もっと冷たく、
もっと決定的なもの。
――裁きだった。
「……全員、壊してやる」
エミリーは凍りついた。
サンダーは電撃の嗚咽を止めた。
アンバーでさえ、内なる咆哮を抑えた。
世界そのものが、その言葉の重みに気づき、わずかに後ずさったかのようだった。
ルシアンは再び口を開く。
だが、もはや彼らに向けてではない。
その声は、砕けた空へと放たれた。
「襲ってきた悪魔……
亀裂を開いた教団……
この虐殺を引き起こした神々……
それを呼び出したヘラルドたち……」
拳を強く握りしめる。
爪が皮膚に食い込み、灰の中に血が滴り落ちた。
「……一人残らず、叩き潰す」
サンダーは彼の前に頭を垂れた。
アンバーも、それに倣った。
恐怖でも、服従でもない。
彼らは理解したのだ。
エミリーがまだ気づいていないことを。
――新しい“支配者”が、生まれたのだと。
それは、どの時間線にも存在しない。
どの聖典にも、どの予言にも記されていない存在。
ルシアンは次元の裂け目を見上げた。
砕け散った星雲の残骸。
神々が盤上の駒のように弄んできた、残酷で美しい空。
その瞳の輝きは、もはや人のものではなかった。
この世界のものですらない。
現実の幕の裏側を見てしまった者の意志。
そして、まだ見えぬ糸、まだ隠された手、さらなる秘密の存在を疑う者の光。
「俺は、ルシアン・ダグラス・オブ・モンドリング……」
声が震える。
それは恐怖ではない。
純粋な怒りだ。
「――悪魔教団に、宣戦布告する。
……公爵領を害そうとするすべてに、戦争を宣言する。
ヘラルドに宣戦布告する。
そして――俺を支配しようとする、あらゆる神に、宣戦布告する」
エミリーの背筋を、悪寒が駆け抜けた。
サンダーは蹄から火花を散らし、
アンバーは頭を低く下げ、来たるべき時に備えた。
それは誓いではない。
約束でもない。
――断裂だった。
世界を縛る見えない法則に刻まれた、真っ向からの切断。
本来、どの人間も口にしてはならない挑戦。
空が応えた。
亀裂が震え、
マナが悲鳴を上げる。
古代から続く構造が、無理やり書き換えられようとしていた。
「この世界が、誰が生きて誰が死ぬかを決めるつもりなら……」
ルシアンは、母の亡骸を抱いたまま、言い放つ。
「――次は、俺がこの世界の運命を決める」
戦場の中心から、突風が炸裂した。
渦を巻き、彼を中心に広がっていく。
それは風ではない。
力だ。
法則だ。
運命――それが、初めて砕け散る音だった。
その日、生まれた“敵”は、
いかなる予言にも、聖典にも、ゲームのルートにも存在しない。
それはエラー。
宇宙のバグ。
決して開いてはならなかった裂け目。
――空を壊すための、個人的な理由を持った男。
そして、空は震えながら、それに応えた。




