運命を決める者たち
この場所に、
人界の光は届かなかった。
空は紫の雲、次元の亀裂、そして生のマナの閃光が混ざり合い、
現実と現実の狭間に浮かぶ大地の中心では、
神代文字の円陣が――不自然な輝きを放ちながら燃えていた。
ヘラルドたちは、待っていた。
白き法衣に金の装飾。
五つの影。
顔は、それぞれが仕える神の仮面で覆われている。
呼吸はない。
言葉もない。
瞬きすらしない。
――亀裂が、開くまでは。
現実が裂けた。
あたかも《星雲》そのものが、限界まで張り詰めた布であったかのように。
そこから現れたのは――
《無》。
暗黒の渦。
瞳孔のない眼。
形も、影も持たぬ存在。
あるのは、ただ――飢え。
主席ヘラルドが、一歩前に出た。
「来い、悪魔」
厳粛な声が、空間に響く。
「貴様の時が、尽きかけていることは承知している」
闇が、震えた。
人が決して理解してはならぬ言語で――囁いたかのように。
だが、ヘラルドたちは理解した。
そのための祝福を、受けていたからだ。
「天へ戻りたいのだろう」
主席ヘラルドは続ける。
「だが、貴様の本質は弱りきっている。今のお前は……記憶にすぎぬ」
「かつての影だ」
次元の虚無が、歪んだ。
純粋な憎悪。
怨嗟。
太古の怒りが、波となって押し寄せる。
ついに、悪魔が語った。
音ではない。
それは、《感覚》だった。
『契約は、すでに結ばれた……
約定を、果たせ……』
主席ヘラルドは、静かに頷いた。
「果たそう。
だがその前に……説明してやれ」
亀裂から、第二の存在が現れる。
柔らかな黄金の光。
穏やかで――欺瞞に満ちた神性。
下位神の部分的な顕現。
肉体を伴えば人として死ぬため、
これはただの《神影》に過ぎない。
神は、優しく語りかけた。
「天界の兄弟たちは、何も疑っていない」
「この悪魔はいずれ消滅し、
君たちヘラルドは、静かに私の言葉を広めていると信じている」
一拍。
声が、冷たくなった。
「だが――
真実を知っているのは、君たちと私だけだ」
「我々は、互いを必要としている」
ヘラルドたちは、深く頭を下げた。
「我らが望むのは安定だ」
青の仮面をつけたヘラルドが言う。
「だが、そのためには……
神の秩序を脅かす存在を排除せねばならぬ」
下位神は、静かに頷いた。
「ダグラス公爵夫人、
ソフィア・ダグラス・ド・モンドリングは――脅威だ」
悪魔が激しく揺れた。
名を、認識したかのように。
亀裂から、闇の幼生が這い出す。
『あの魂は……
完全だ』
主席ヘラルドが続ける。
「彼女の魔獣は分断されている」
「共にいるのは、獅子ラリエットのみ」
「今が好機だ」
別のヘラルドが補足する。
「ダグラス家は祈らぬ」
「人の自立の象徴だ」
「自給自足、誇り……」
「公爵夫人が生きていれば、
ルシアンは神を必要としない指導者に育つ」
下位神は、光の手を握り締めた。
火花が散る。
「信仰は、衰えている」
「取り戻さねばならぬ」
「英雄も貴族も、マナから身を守れぬと世界が知れば……」
「人は、より強く祈る」
悪魔が、わずかに前進した。
その輪郭が、物理空間を焼く。
『連れて来い……
連れて来い……
そうすれば、天へ至る道を開こう』
主席ヘラルドは手を上げ、
神光で描かれたダグラス公爵領の地図を示した。
「密偵はすでに、周辺の村へ潜入している」
「悪魔崇拝者が小規模な儀式を行う」
「変異した魔獣を呼び寄せ、
結界を弱体化させる」
別のヘラルドが言う。
「《星雲現象》による自然災害に見せかける」
「疑念は生まれない」
「人間は……
ただの不運だったと思うだろう」
下位神が、微笑んだ。
「そして、ソフィアが死ねば……」
悪魔が、言葉を継いだ。
『……我は、再生する』
「……そして私は、昇天する」
神が続ける。
「……そして我らが、支配する」
ヘラルドたちが締めくくった。
不浄なる同盟は、ここに結ばれた。
ルーンは病的な光を放ち、
亀裂は心臓のように脈打つ。
下位神は消え、
悪魔は約束によって力を得て、
無音の咆哮とともに膨張した。
ヘラルドたちは、立ち去り始める。
その前に、主席ヘラルドは呟いた。
「ソフィア・ダグラス・ド・モンドリング……」
「その堕落が、栄光であらんことを」
「そして、その死が――
すべての始まりであらんことを」
亀裂は閉じた。
そして、闇は――
ダグラス公爵領へと、広がっていった。




