消えない誓い
任務は何週間も続いた。
魔獣の掃討は日常となり――
血と、張り詰めた沈黙に染まった日常へと変わっていった。
英雄たちは荒廃した領域を進み、
その両翼と村々を、ダグラス公爵領の兵が守っていた。
そして、その中で――
些細な軋轢が芽生えていく。
取るに足らないものもあれば、命取りになりかねないものもあった。
サンダーは森の小さな空き地で静かに草を食んでいた。
銀色の火花が走る毛並み。
一度息をするたび、空気が微かに震え、
まるで空そのものが、その機嫌を窺っているかのようだった。
レオナルドは少し離れた場所から、その姿を睨みつけていた。
――あの霊獣……
――あれほどの存在が、ルシアンのものだと?
「……俺のものになるべきだ」
低く、執着のこもった声。
彼は歩み寄った。
サンダーが誇り高い存在であることも、
かつてはソフィアの霊獣だったことも知っている。
だが――
もし、自分を主と認めさせることができれば。
雷の神の祝福を持つのは、この自分だ。
属性は同じ。
選ばれし存在。
「ほら……美しいだろ?」
囁きながら、手を伸ばす。
「俺たちは同じだ。
きっと、分かるはずだ」
サンダーは、わずかに顔を上げた。
蒼い瞳が、双子の嵐のように瞬いた次の瞬間――
後脚が、視認すらできない速度で振り抜かれた。
ドンッ。
雷鳴のような衝撃音。
レオナルドの身体は宙を舞い、
十メートル以上後方に吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられた。
「がっ……!」
土埃を飲み込み、咳き込む。
サンダーは鼻を鳴らし、
たてがみに小さな放電を走らせた――まるで嘲笑うかのように。
レオナルドは血を吐き、罵声を吐いた。
「くそっ……くそったれ……!
あの馬は悪魔だ! ルシアンめ……!」
サンダーは一瞥すらくれず、
優雅に首を振り、人間を完全に無視した。
――――――
一方、別の場所では。
アレハンドロは、滅多に見られない光景を目にしていた。
老齢の護衛長、アルベルトが剣を振るっている。
鋼の斬撃は制御された炎を生み、
一太刀一太刀が、極限まで研ぎ澄まされていた。
老いた身体の内に、嵐を封じ込めたかのような迫力。
そこに衰えは、微塵もない。
アレハンドロは思わず近づいた。
「……こんな火の扱い方、見たことがない」
率直な感嘆。
「すごいな。あんた……」
アルベルトは動きを止め、灰色の瞳で彼を見た。
冷たいが、侮りはない。
「やるべきことを、やっているだけだ」
短く、それだけ。
アレハンドロは唾を飲み込んだ。
この男は――
多くの英雄よりも、重い威圧を放っている。
「アルベルト……」
彼は意を決して口を開いた。
「考えてみてほしい。
俺と一緒にイグニヴァルの神殿へ来ないか」
アルベルトの眉は動かない。
「火の神が、あんたを祝福する。
親和性は跳ね上がり、力は何倍にもなる」
そして、最後の一言。
「もはや一介の人間ではなく……
神に仕える存在になれる」
強力すぎる誘い。
ほとんど禁忌に近い提案。
アルベルトは瞬きもせず――
やがて、乾いた、どこか寂しげな笑いを漏らした。
「神に仕える、か……」
呟き、首を振る。
「それは、私の道ではない」
アレハンドロは眉をひそめた。
アルベルトは目を閉じ、
灼けた鋼のように重い記憶に身を委ねた。
――若き日のソフィア。
――モンドリング家の少女だった頃。
(彼女は、子供の頃、鈴のような笑い声で館を駆け回っていた)
(私は、いつも傍にいた。
命令ではない。忠誠だ)
(家にではなく――
彼女の“運命”に)
彼は彼女を護衛し、
ダグラス家へ嫁ぐ日に同行した。
手の震えも、
貴族の仮面の裏に隠した迷いも、
すべて知っている。
そして――
ルシアンが生まれた。
(初めての泣き声。
か細い呼吸)
(ソフィアは私を見て、こう言った)
『この子を、守りなさい』
その言葉は、どんな王命よりも重かった。
私は誓った。
護衛として。
師として。
――二人目の父として。
それ以来、すべてはダグラスのためではない。
ソフィアのため。
そして、あの少年のため。
アルベルトは剣を地面に突き立てた。
揺るぎなく、厳かに。
「その子は、私の監視の下で育った」
低く、確かな声。
「訓練し、泣き、笑い、血を流し……
立ち上がる姿を見てきた」
一歩、アレハンドロへ近づく。
「私は、彼が公爵になるのを見届けた」
彼は剣を抜き、肩に担ぐ。
「この剣は、神のものではない」
「王国のものでもない」
「ヘラルドのものでもない」
そして、断言する。
「この剣は――
モンドリング家のルシアン・ダグラスのものだ」
「そして私が死ぬ時……
この剣も、共に死ぬ」
アレハンドロの背筋に、冷たいものが走った。
これほどの確信を、彼は見たことがなかった。
アルベルトは背を向け、再び剣を振る。
「他を当たれ、若者」
一閃。
炎の弧がキャンプを照らす。
「私から、義務は奪えん」
アレハンドロは拳を握りしめた。
そこにあったのは、憎しみではない。
――敬意。
そして、恐怖。
消えない誓いが、そこにあった。




