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夜が語らなかったもの

朝の最初の光が、森の隙間から淡く冷たく差し込んでいた。

災厄の縁に立たされていた村は、かろうじてその形を保っている。


英雄たちは疲れ切っていた。

寝不足と緊張が顔に刻まれ、互いを見つめ合いながらも、誰一人として口を開かなかった。


沈黙。

気まずさ。

そして――理解できない何かが、確かに起きたという共通認識。


ルシアンは、一人で戻ってきた。


夜の塵と影をまとった黒い鎧は、朝の光をほとんど反射しない。

傷はない。

血の痕もない。

戦闘の痕跡すら――ない。


彼だけが、そこにいた。


「……どこに、行ってたの?」


エミリーの声は、疲労と不安でかすかに震えていた。


ルシアンはすぐには答えなかった。

その視線は地平線に向けられ、まるでまだ“何か”を探しているかのようだった。


「……群れは」


ようやく発せられた声は、囁きに近い。


「今日の光を見ることはない」


英雄たちは顔を見合わせた。

アレハンドロは眉をひそめ、レオナルドは唇を固く結ぶ。


夜は静かだった。

襲撃も、奇襲もなかった。

だが――遠くで、確かに聞こえていた。


悲鳴。

嘆き。

闇に飲み込まれる恐怖の残響。


エミリーは、空気の違和感に気づいた。

本来あるはずの“戦い”が、そこには存在しない。


ただ――

倒れる音。

闇に掻き消される叫び。

何かが、“狩っていた”気配だけが残っている。


「……何かが、群れを狩ってた」


彼女は呟いた。

誰かに向けた言葉ではなく、自分自身への確認のように。


「それも……私たちが見える英雄なんかじゃない」


ルシアンは否定しなかった。

ただ彼女を見つめ、その言葉の重さと、沈黙という証拠に委ねた。


夜は、生きていた。

そして英雄たちは、完全には理解できなくとも悟った。


――ルシアンがいる夜は、

誰も立ち向かえない“領域”になる。


空気は、答えのない疑問で満ちていた。

恐怖と、畏敬が混ざり合う。


闇の中で何かが起きた。

それを制御できたのは、彼だけだった。


そしてその事実は、英雄である彼らにさえ、不安を残した。


夜は――

ルシアンがそこにいる限り、危険なのだと。


「……寝る」


ルシアンは低く言った。

深い疲労が、その声に滲んでいる。


「限界だ」


そう告げると、彼は踵を返し、休息用の天幕へと向かった。

夜を越え、想像を超えたものと対峙し――

それでも生きて戻った者の、静かな歩みだった。


アデラは迷わず後を追った。

音のない、迷いのない足取りで。


「……私が守る」


誰にも聞かれないよう、彼女は呟いた。

その瞳の奥には、忠誠以上の“何か”が宿っていた。


エミリーも近づこうとした。

仲間として。

守る者として。


だが――


「まだ安全とは言えない」


アレハンドロが割って入る。

眉を寄せ、全身を緊張させたまま。


「周囲を巡回しよう」


エミリーは唇を噛み、渋々頷いた。

衝動ではなく、理性を選ぶ。


森を抜けた彼らが目にした光景は――

言葉を失わせるには十分だった。


魔獣たちの死体。

無数に、無秩序に、地に伏している。


戦闘の痕跡はない。

爆発も、斬撃も、焦げ跡もない。


ただ――

死。


風が木々の間を抜け、世界が一瞬、息を止めたように感じられた。

最も勇敢な者でさえ、背筋に寒気を覚える。


エミリーは唾を飲み込んだ。

アレハンドロは拳を握り締める。

苛立ちと恐怖、その両方を抱えながら。


その頃――


ルシアンは天幕の中で眠っていた。

深く、重く。


その傍らで、アデラが横たわっている。

まだ荒い呼吸のまま。


夜が語らなかったことを――

二人だけが、知っているかのように。

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