使徒(ヘラルド)たちの審判
太陽の間は、ヘラルドたちの怒号で震えていた。
神々の紋章を刻んだ白いローブは、黄金のドームから降り注ぐ光を受けて輝いている。
彼らは王国の精神的権威。
英雄たちの直接の導師であり――今や、貴族たちの公然たる敵だった。
象牙と鋼で作られた玉座に座るフェリペ王は、険しい表情を崩さぬまま、ヘラルドたちが一歩前へ出るのを見据えた。
「陛下――」
ヘラルド・プリムスの声は、ほとんど神威を帯びていた。
「いかにして、王国の貴族がこのような無責任な行為を許されるのですか。
数千の命の血が、その手を汚している」
王は深く息を吸い、平静を保とうとした。
「ダグラス公爵領は、そのような結果を望んだわけではない。
マナ増加に伴う事故だったのだ。状況は――」
「否定するな!」
第二のヘラルドが杖を大理石の床に叩きつけた。
「マナの増加が事実であることは認めよう。
だが、怠慢もまた事実だ!
制御不能の魔物の群れが、適切な封じもなく貴領を横断した!」
評議員、貴族、衛兵の間にざわめきが広がる。
王の視線が鋭くなった。
「それでも、公爵は行動した。
オメガ級魔獣を討伐し、群れをヴァルサーまで追撃した」
「遅すぎる!」
ヘラルド・プリムスが吠えた。
「その遅れによって、家族が丸ごと消えたのだ!
神々は責任を求めている。
そして我々は――神の名において、それを要求する!」
さらに一人、年老いたヘラルドが前に出る。
その存在感は、骨の髄まで凍りつかせた。
「ダグラス公爵領には、見せしめとなる制裁が必要だ」
貴族たちの間に、衝撃のざわめきが走る。
王はわずかに身を乗り出した。
「不可能だ。
一つの公爵領が屈辱的な制裁を受け入れれば、政治戦争――いや、領地反乱すら招く」
老ヘラルドは、王を射抜くように見据えた。
「ならば、屈辱ではなく奉仕で償うがよい」
沈黙。
「説明せよ」
王は低く命じた。
ヘラルド・プリムスが杖を掲げると、淡い光が言葉を神託のように刻む。
「公爵――」
(数人の貴族がルシアンの名を囁いた)
「英雄たちの任務に同行せよ。
魔物に侵された土地を浄化し、
必要とあらば、軍事・戦略支援を行え」
別のヘラルドが、重く付け加える。
「さらに、ヴァルサーへの即時支援を命じる。
食料、薬品、増援、復興資源。
――怠慢に対する、正当な補償だ」
王は抗議しようと口を開いたが、
老ヘラルドが手を上げた。
「懇願ではない、陛下。
警告だ」
衛兵たちが緊張する。
「もし一人の貴族が、その無責任さで都市を滅ぼせるのなら――
神々は均衡を求める。
ダグラス公爵領が義務を拒むなら……それは異端と見なされる」
王は拳を握り締めた。
「……王権を脅すつもりか?」
「いいえ、陛下」
ヘラルド・プリムスはわずかに頭を下げた。
「我々が示しているのは、
公爵ですら、神意の下にあるという事実です」
彼は続ける。
「英雄たちは、秩序を取り戻すために神々が選んだ器。
そして、その責務を果たせなかった公爵は――
彼らに仕えるのです」
広間全体が凍りついた。
評議員の一人が囁く。
「……全てが変わる」
王は目を閉じた。
逃げ道は、なかった。
「……分かった」
疲れ切った声で告げる。
「ダグラス公爵を召喚する。
彼が受け入れるなら……次の英雄遠征に配属しよう」
ヘラルドたちは軽く頭を下げた。
だが、そこに勝利の色はない。
――まるで、これは始まりに過ぎないかのように。
夜明けの光が、ダグラス公爵領の黒き城壁をかすめた頃。
王都からの使節団が、疾走して到着した。
祝祭の旗も、ラッパもない。
あるのは王国の金印と、重すぎる沈黙だけ。
城の私室で、ソフィア・ダグラスは封蝋を乱暴に破った。
鋼を砕くその手が、わずかに震えながら書簡を読む。
そして――
咆哮。
人のものとは思えぬ、内臓を揺さぶる怒りの叫びが、
壁と人々の心を震わせた。
「何様のつもりなの、この不遜者どもは!」
石の机を叩き割りながら、ソフィアは吠えた。
「私の息子を犯罪者扱いする気!?
神を騙る詐欺師どもの政治的駒になど、させない!」
衛兵たちは距離を保ち、
指揮官たちは頭を下げ、
傍らのラリエットさえ、不安げに唸った。
だが、その混乱の中――
一つの声が通る。
「……母上」
ルシアンが、黒き公爵領の鎧をまとって歩み出た。
若き身に、爵位の重みがのしかかっている。
ソフィアは荒い息のまま彼を見つめ、
亡き夫の面影をそこに見た。
「許さないわ、ルシアン。
ヘラルドどもに利用されることも、
あなたが悪くないことで責められることも……!」
「でも――」
彼の声は低く、重い。
「俺の名の下で起きた。
そして今……俺が公爵だ」
ソフィアは拳を握り締めた。
――否定できない真実。
沈黙。
ルシアンは書簡を手に取り、最後まで読み終える。
そして、震える手とは裏腹に、静かな声で告げた。
「英雄に同行し、
魔物の浄化を行い、
兵と資源と、存在を提供しろ……そういうことだ」
「命を晒させるつもりよ」
ソフィアは吐き捨てた。
「監視し、辱めるために」
「……俺たちがやり方を決めるなら、違う」
ソフィアは瞬きをした。
怒りが一瞬、思考へと変わる。
――神殿とヘラルドは、力を持ちすぎている。
資源、軍、そして民意。
逆らえば、誰でも異端にされる。
「……逃げ場はないな」
ルシアンが呟く。
「拒めない。だが、踏み潰されるわけにもいかない」
ソフィアは地図に視線を落とし、頷いた。
「だから、私たちのやり方でやる。
要求は満たす。
だが、兵も獣も戦略も、全てここから出る。
配置も判断も、私が決める」
彼女は冷たく微笑む。
「ヘラルドどもが異議を唱える頃には……
もう、手遅れよ」
ルシアンは深く息を吸った。
「……信じてる、母上」
ソフィアは彼の肩に手を置いた。
「なら、完璧にやるわ。
神殿が命じようと、
ダグラス公爵領は――私たちのもの」
彼女は即座に命令を飛ばす。
「アルベルト。
ルシアンの護衛長を任せる。レベル85。
若さにつけ込ませない」
アルベルトは深く礼をした。
「アデラ。
同行しなさい。
魔法虎を常に傍に」
アデラが頷き、白き虎が低く唸る。
「サンダー、アンバー」
ソフィアはルシアンを見る。
「お前を守れ」
ルシアンは息を整え、頷いた。
「……ありがとう、母上」
ソフィアは再び肩に手を置く。
「若くても、あなたは私の息子。
この公爵領の主よ。
要求は飲む。
だが、従うのは――私たちの意志で」
兵たちが整列し、
サンダーが嘶き、
アンバーが遠吠えし、
白虎が静かに身構える。
「出立よ」
ソフィアは宣言した。
「罰としてではない。
ダグラスとして」
ルシアンは大きく息を吸い、頷いた。
――その背後で、
公爵領という巨大な機構が、
一人の女の手によって、静かに動き始めていた。




