表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/188

「跪かぬ公爵領」

ダグラス公爵領は、六つの要塞都市から成り立っていた。

それぞれが独自の伝統と、深く根付いた誇りを持つ土地。

規律、自立、そして何より――主君への絶対的な忠誠。


この地の民は、外部からの干渉を受け入れない。

ダグラス家の名誉を疑う言葉など、なおさらだ。

人口の約七割が闇属性魔法を扱い、それは単なる戦力ではなく、領土を守り、文化を継承するための“生き方”そのものだった。


最初の都市に神殿の司祭と神の使者ヘラルドが現れたとき、彼らは自信に満ちていた。

神の権威さえ示せば、自然と従う――そう信じていたのだ。


だが、彼らは致命的な過ちを犯した。


演説の中で、ルシアン・ダグラス、そしてその血統が「過去の蛮行」について責任を負うべきだと――ほのめかしたのである。


黄昏時。

中央広場は、仕事を終えた人々で溢れていた。

黒石の家々、露店、行き交う声。


そこへ、旗と巻物を掲げたヘラルドたちが姿を現した瞬間、空気が凍りついた。


「市民諸君!」


司祭の一人が高らかに宣言する。


「真実と向き合う時が来た! 神々は代行者を選び、我々は正義へ導くために――」


最初は、誰もが警戒しながら耳を傾けていた。


「……そして、ルシアン・ダグラス公とその一族が成してきた行為を認めねばならない。長年にわたり、彼の統――」


乾いた音が響いた。


闇魔法使いの証である黒い外套を纏った屈強な男が前に出て、杖を地面に叩きつけたのだ。


「黙れッ!」


怒号が広場に轟く。


「我らが主君の名を汚すとは何様のつもりだ!

 ルシアン・ダグラス様は命を懸けてこの地を守っている!

 貴様らも、貴様らの神も――裁く資格などない!」


ざわめきは怒号へと変わり、人々が前へ押し出した。

白髪の女性――かつての戦役を生き抜いた老兵が、空の籠を投げつける。


「出て行け! それで済むと思うなよ!」


若者たちが棒や即席の盾を手に司祭を囲む。

一人の魔術師が闇の魔力を集中させ、ヘラルドの足元が震えた。


「我らが公爵のために」


冷たい声が響く。


「もう一度でも侮辱すれば……その口で二度と語れなくなる」


沈黙。

顔面蒼白の司祭が、慌てて両手を上げた。


「我々は争いを望んでいるわけでは……ただ――」


果物、石、罵声が一斉に飛び、彼らは退却を余儀なくされた。

地に落ちた旗、踏みにじられた尊厳。


それは敗北以上のものだった。

警告だった。


ダグラス公爵領では、忠誠は説法や祝福で買えるものではない。

行動で示し、命を懸けて守るものなのだ。


報せは瞬く間に広がった。

他の都市も同様の対応を取る。

門は閉ざされ、塔には魔術師が立ち、民は力を尊び――操ろうとする者を拒絶した。


ヘラルドたちは理解した。

ダグラス家は、単なる支配者ではない。

跪かぬ民の意志そのものなのだ。


――――――――――


ダグラス城、戦略室。

揺れる燭台の光が、地図、報告書、マナ結晶を照らしていた。

誰も口を開かない。空気すら息を潜めている。


ルシアンは立ったまま、公爵領の地図に手を置いていた。

言葉は不要だった。

その存在だけで、場を支配していた。


隣では、公爵夫人ソフィアが腕を組み、剣のように鋭い視線で見守っている。


最初に沈黙を破ったのは、ラステン伯ハーヴェンだった。


「許しがたい……!

 丁寧な顔をして入り込み、我が公爵領を侮辱するとは!

 本来なら城壁に鎖で――」


「聖戦を望むの?」


ソフィアの冷たい声が遮る。


「誇りのために民を死なせるつもり? ハーヴェン」


伯爵は歯を食いしばり、黙った。


若き女領主、アルゴスのマラが続ける。


「ですが、無視すれば弱腰だと思われます。

 私の街は怒りで満ちています」


「怒りでいい」


ソフィアは即答した。


「墓標より、よほどましよ」


議論は剣戟のようにぶつかり合う。

夜は静かに深まり、言葉だけが戦っていた。


ルシアンは動かなかった。

かつてなら剣を選んだだろう。

今は違う。


彼は手を上げた。


沈黙。


「神殿側は過ちを犯した」


静かな声だった。


「だが、我々はそれ以上の過ちを犯さない」


視線が下がる。


「許可なく、いかなるヘラルドも我が都市には入れない。

 それが我々の立場だ。だが――戦争は起こさない」


ソフィアの口元が、わずかに緩む。


ルシアンは巻物を広げた。


「書状を送る。

 礼節を保ち、だが断固として。

 彼らの行動が不必要な緊張を生んだこと、今後は事前合意なく立ち入らせないことを伝える」


ざわめき。


「これは弱さではない」


ルシアンは言い切った。


「統制だ。主導権だ。

 我々が流れを決める。彼らではない」


ハーヴェンが慎重に問う。


「……無視されたら?」


ルシアンは瞬きもしなかった。


「その時は」


低く、重い声。


「ダグラス公爵領に挑むという意味を――理解させる」


恐怖ではない。

尊敬が、場を満たした。


国境隊長が進み出る。


「公爵、北方でエプシロン級、オメガ級の魔物が増加しています」


「軍を出せ」


即答だった。


ソフィアが、そっと息子の肩に手を置く。


――この領は、もう大丈夫。


ルシアンは羽根ペンを取り、インクに浸す。


「書状を準備しろ。

 巡回を強化する。神殿のためではない」


彼の視線は夜の彼方へ向けられていた。


「このマナ雲の下で……動いている“何か”のためだ」


その声は、もはや後継者のものではなかった。


公爵として。

指導者として。

世界に反応する者ではなく――世界を統べる者の声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ