「息子の誓い」
ノセロンの身体が、敗れた星のように静かに光を失っていく中で、
ルシアンは胸を締めつけていた緊張が、ようやく解けていくのを感じていた。
だが、心を満たしていたのは勝利ではない。
そこにあったのは、深く、重い不安だった。
――もし神々が英雄たちを祝福し、限界を越えさせることができるのなら……
――いつか、彼らが自分に目を向けた時、何が起きる?
彼は勝ったのではない。
ただ、時間を買っただけだ。
そして今この瞬間も、どこかで――
誰かが、彼を見ている。
ルシアンは静かに地面へ降り立った。
動作は柔らかいが、呼吸は荒い。
筋肉は震え、身体には魔力の反動が残っていた。
その前に横たわるのは、討ち倒された巨神。
戦略、力、計算――
そのすべてが完璧に噛み合った結果だった。
彼の瞳には、疲労と安堵、そして確信が混じっていた。
すべての動きは予測され、
すべての攻撃は回避され、
すべての斬撃は、寸分違わず計算されていた。
その瞬間、世界は縮まる。
彼自身と、エーテリオンの剣と鎧、
そして――魔獣のすべてを知る「思考」だけが残る。
ほんの一瞬、ルシアンはただの戦士ではなかった。
エルウィンの経験が肉体を得て、初めて“現実”と対峙した存在だった。
谷は沈黙に包まれる。
巨神の残留マナが空気に溶け、重い静けさを残した。
ルシアンは深く息を吸う。
剣はまだ手の中にあり、鎧は淡く輝いている。
そこへ、ソフィアが近づいてきた。
その歩みはゆっくりで、
視線は息子の身体を隅々までなぞるように確認していた。
無事であることを、何度も確かめるように。
胸の鼓動は早い。
遅れて訪れた恐怖か――
それとも、隠しきれない誇りか。
戦いの間、彼女はいつでも介入できるよう、
三体の魔獣を待機させていた。
だが、その必要はなかった。
首都から戻ってきてからの四か月。
ルシアンは変わった。
休みなく鍛え、狩りをし、
マナを制御し、
確実に成長していた。
そして彼女は、ずっとそれを見てきた。
ソフィアは、そっと彼の腕を取る。
その瞬間、ようやく表情が緩んだ。
「……大丈夫? ルシアン」
声は細く、震えていた。
ルシアンは息を吐き、少しだけ力を抜く。
「はい、母上。大丈夫です」
穏やかな笑みを浮かべて続けた。
「あなたに教わったことを、やっただけです」
ソフィアは小さく首を振り、肩に手を置く。
「今日はもう十分よ。あとは、私に任せなさい」
「戦士にも……休息は必要ですね」
彼女はくすりと笑い、頬に触れた。
「ええ。どれだけ強くなっても、無理はさせないわ」
ルシアンは感謝の眼差しを向ける。
彼を支えているのは、力でも魔法でもない。
――母だ。
いつも、そこにいる存在。
しばらくして、
彼は川の温かな水に身を沈め、血と土を洗い流していた。
湯気がゆっくりと立ち上る。
「痛むところは?」
岸から、ソフィアが尋ねる。
「それほどでも」
半分だけ、本当ではない笑み。
「これが欲しかっただけです」
彼女は数秒、黙って彼を見つめた。
「……約束して」
やがて、静かに言った。
「一人で戦うような真似はしないで。あなたは、独りじゃない」
ルシアンは顔を上げ、母の瞳を見た。
数日ぶりに、疲労が声に滲む。
答えようとして――
一瞬、言葉が出なかった。
それでも、彼は頷く。
「……約束します」
二人の間に、再び静けさが戻る。
だが、それは本当の平穏ではない。
それは――
世界が、再び奪いに来る前の静寂だった。




