「光の巨神(ライト・タイタン)」
谷は黄金色の黄昏に包まれ、静寂に沈んでいた。
――だが、その静けさは欺瞞にすぎない。
ルシアンの眼前で、大地が震えた。
それは風でも地鳴りでもない。
怪物の呼吸そのものだった。
森の影から姿を現したのは、ノセロン。
その瞬間、世界がその巨体の前に縮んだかのように感じられた。
光、肉体、鱗、そして魔力で構成された存在――
光の巨神。
広げられた両翼は空を覆い尽くし、周囲を包む光のオーラは、ほとんど神性と呼べる防壁を形成していた。
一枚一枚の鱗は虹色の結晶のように輝き、体内を巡るエネルギーを吸収し、反射している。
古木の枝のようにねじれた黒き角からは、純粋な光の火花が散り、
白く深いその瞳は、ルシアンの心を覗き込むかのように、恐怖の兆しを探っていた。
ノセロンの吐息は、凝縮された魔力そのもの。
不用意に近づけば、焼かれ、裂かれ、鋭利な光の風に吹き飛ばされる。
しなやかに揺れる尾は、正確無比な死をもたらす凶器だった。
その圧倒的な体躯に反して、動きは不気味なほど優雅。
重力すら「提案」に過ぎないかのようだった。
一度の羽ばたきで、光の衝撃波がクレーターを生み、
胴をひねるだけで、エネルギーの波が森を粉砕する。
――だが、ルシアンの目に映っていたのは、ただの怪物ではなかった。
彼の内側で、エルウィンの魂が目を覚ます。
《アルカナ・ワールド・ウォー》というゲームの中で、
彼はノセロンと同型の存在を、幾度となく討ち倒してきた。
フェーズ。
行動パターン。
弱点。
それらは記憶ではない。
武器だった。
巨神の一挙手一投足――
翼を上げる瞬間、尾を振る予兆、光のブレスを放つタイミング。
すべてが、起こる前から「わかっていた」。
恐怖はない。
あるのは、計算と戦略、
そして――千の生を戦い抜いた者の確信。
エーテリオンの剣と鎧は、ただの装備ではない。
それは**至高級**に属する神器であり、
ルシアン・ダグラス公爵のような上位貴族のみが所持を許されるものだった。
剣は闇属性の魔力を宿し、あらゆる防御を貫く。
鎧は魔法攻撃を吸収・偏向し、第二の皮膚のように装着者を守る。
意志と適性を持たぬ者が触れれば、
それだけで命を落としかねない代物だ。
戦場で、神器は目覚めていた。
エーテリオンの鎧は淡く輝き、ノセロンから溢れる光を喰らう。
エーテリオンの剣は、闇の心臓のように脈打ち、斬撃を渇望していた。
マナの流れが、ルシアンの全身を駆け巡る。
エプシロン適性により、魔力消費は抑えられ、影はより鋭くなる。
――《身体強化Ⅳ》発動。
筋肉が震え、力が満ちる。
世界が、遅くなった。
感覚は拡張され、全方位を捉える。
続けて、《武器付与Ⅳ》。
剣身は脈動する闇に覆われた。
ノセロンが応じる。
巨翼を掲げ、灼熱と放射を伴う光の障壁が形成された。
大地が揺れ、空気が悲鳴を上げる。
準備はできている。
――だが、心は静かではなかった。
エルウィンの記憶と、自身の本能が交錯する。
すべてを知っているはずなのに、
目の前の存在は、あまりにも巨大で、生きていて、光を放っている。
冷たい汗が背中を伝った。
思い知らされる、残酷な真実。
――これは、ゲームじゃない。
回転し、かわし、跳ぶ。
攻撃が頬をかすめ、切り裂かれた空気を感じた瞬間、
心臓が強く跳ねた。
(……集中しろ)
それは、ほんの一瞬の油断。
だが、この世界では致命的だ。
ここでは、
リトライも、
ロード画面も、
存在しない。
もし、ここで倒れれば――
それで、終わりだった。




