『奪われた未来への誓い』
王女の私室は、重く、ほとんど敬虔とさえ言える沈黙に満ちていた。
ルシアンは力尽きたようにベッドへ倒れ込み、
エリザベスはまだ荒い呼吸のまま、その上に身を預けた。
まるで現実に繋ぎ止めるかのように、彼の鎖骨へ額を押し当てて。
その腕は、誰にも見せたことのない強さで彼を抱き締める。
「……もう二度と、あんなことは嫌……」
囁きは弱さではなく、傷ついた誇りから生まれていた。
「八か月も待つなんて、もうごめんよ、ルシアン。
……一度で、十分だった」
ルシアンは、その抱擁の意味を感じ取った。
それは、か弱い女性の腕ではない。
誰にも逆らわれることなく生きてきた王女の――
ただ一人、彼だけには例外を許してきた、意志の強い抱擁だった。
彼は一瞬、目を閉じ、彼女の存在に身を委ねる。
エリザベスの香りは百合の花。
だがそれだけではなかった。
なぜか分からない、懐かしさ。
自分のものではないはずの記憶の残響。
この身体が覚えている、淡い痕跡。
断片的な映像。
階段の上から、彼が跪くのを待っていた少女。
それが叶わず、苛立ちを覚えた彼女の表情。
二人の間にあった、小さく静かな戦争――
本来のルシアンは知っていたが、エルヴィンには遠い鼓動としてしか感じられないもの。
それは他人の記憶だった。
だが、感情の重みだけは、確かにここに残っていた。
「君が離れたくないのは分かってる」
彼は低く言った。
「俺も同じだ。
だから、必ず早く戻る。今回は……準備のために離れるだけだ。
すべてが落ち着いたら……君を公爵領へ連れて行く」
エリザベスははっと顔を上げた。
瞳は輝いているが、張り詰めている。
それが嘘であることを、恐れているかのように。
エリザベスは決して懇願しない。
決して迷わない。
それなのに今は――彼にしがみつく身体が、微かに震えていた。
「……誓う?」
言葉には刃があった。
「空っぽの誓いはいらないわ、ルシアン・ダグラス。
……あなたからは」
ルシアンは彼女の頬に手を伸ばし、ゆっくりと撫でた。
その仕草は、彼女の激しい誇りと対照的だった。
「誓うよ。
君も知ってるだろう。無視していた時でさえ……俺は、一度も約束を破ったことはない」
彼女は唇を噛み締めた。
声に出せない何かを、必死に抑え込むように。
「いつも……私を無視してた」
恨みと懐かしさが混じった囁き。
「みんなは跪いて、私を喜ばせようとしたのに……
あなただけは、違った」
さらに距離を詰め、額を重ねる。
呼吸が、かすかに震えている。
「……今は、
離れてほしくない唯一の人なのに」
そして彼女は、彼に口づけた。
優しいものではなかった。
抑え込まれた必死さ、怒り、恐怖、砕けた誇りが混じったキス。
“行かないで”という言葉を、口にする屈辱を拒むような。
その指は彼の背に食い込む。
幼い頃、彼の外套を掴んで引き留めた時と同じように。
――ただし今は、失わないために。
「待つわ」
声は、守るために硬くなっていた。
「どれだけ時間がかかっても。
すべてが敵でも。
でも……八か月も消えるのは許さない。
……二度と」
ルシアンは、その約束の重さと、言葉の鋭さを感じた。
「消えない」
静かに答える。
「英雄も、使徒も、王も……
今回は、俺の運命を決められない」
エリザベスは彼の首元に顔を埋め、深く息を吸った。
いつ再び嗅げるか分からない香りを、刻み込むように。
抱擁は解けない。
手放すことが、失う可能性を認めることだから。
彼が身を起こして服を取ろうとした瞬間、
彼女は手首を掴んだ。強く、痛みを伴うほどに。
そこには、完璧な王女の仮面はなかった。
ただ、壊れかけの一人の女性がいた。
「ルシアン……」
何の飾りもない囁き。
「……遅れないで」
半王国を跪かせてきた王女のその言葉は、
あまりにも重く、胸を打った。
彼は彼女の額に、二人だけの優しさで口づける。
「また俺を困らせる前に、戻ってくるさ」
彼女は、笑いと涙の中間のような息を漏らした。
扉が閉まったあとも、
エリザベスはベッドに座ったまま、シーツを強く握りしめていた。
世界が、再び二人を引き裂こうとしているのを感じながら――
それでも今回は、
運命にも、神々にも、王冠にさえも抗う覚悟を、すでに決めていた。




