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『公爵夫人と刻印を持つ息子』

ダグラス公爵領の宮殿――

東翼の一室は、薄暗い半影に沈んでいた。


遠くから、街に満ちる祈りのざわめきが聞こえてくる。

懇願なのか、断罪なのかも定かでない、不安定な群蜂のような音。


ソフィアはカーテンを閉め切っていた。

まるで、光そのものが癇に障るかのように。


ルシアンは、彼女の膝の上に頭を預けている。

ソフィアはその髪を撫でていた――驚くほど優しく。

だが、その顎には、抑えきれぬ緊張が刻まれていた。


指先は安息だった。

それ以外の彼女の全身は、嵐を押し殺したままだった。


「……あの“英雄”」


その言葉を、毒でも吐き捨てるかのように言った。


「公の場で、ああも堂々とお前を指差すなんて。

裁く権利があるとでも思っているのかしら。

“選ばれた”つもりのガキを殺してはいけないってことを、危うく忘れるところだったわ」


手に力がこもる。

だが、声は決して震れなかった。


ルシアンは、すぐには答えなかった。

母が、怒りに飲み込まれまいと必死に踏みとどまっているのが分かっていたからだ。

その激情は、言葉の一つ一つの奥で、熱を帯びて脈打っている。


「母さん……」


慎重に切り出した、その瞬間――


「何も言わないで」


彼女は視線を落とし、彼を遮った。


「もし、あの場で口を開いていたら……

誓って言うけれど、その“英雄”は舌を失っていたわ。

あるいは――首ごと。

その後で、怪物を見るような目で私を見つめる宮廷連中と向き合う羽目になっていたでしょうね」


深く息を吸う。

髪を撫でる手が、わずかに震えた。


それは弱さではない。

まだ抑え込まれている“暴力”の名残だった。


ルシアンは唾を飲み込んだ。

母を恐れてではない。

彼女の言葉が、すべて真実だと理解していたからだ。


「……あれは、あなたを侮辱した」


低く囁く。


「そして私は……

“自分のもの”に触れられるのを、決して許さない。

人間だろうと、英雄だろうと、使徒だろうと……関係ない。

あなたに害をなす者は、誰であれ許さない」


ルシアンは再び、喉を鳴らした。


彼女に怯えている姿を見せたくはなかった。

だが、恐れていた。


なぜなら――

自分の“運命の盤面”で見たものは、単なる予感ではなかったからだ。

それは、すでに示された死。


神の介入が増えるたび、

英雄が増えるたび、

駒は確実に、その結末へと近づいていた。


「分かってる」


彼は言った。


「でも、母さん……

ここには、もういられない」


ソフィアは、ゆっくりと顔を上げた。

追い詰められた獣のように。


「……なぜ?」


その問いには、刃のような危うさがあった。


ルシアンは、これまで以上に言葉を選んだ。


「たぶん……

ここは、もう安全じゃない」


ソフィアは彼の顎を取り、無理やり視線を合わせた。


その瞳には、数え切れぬ戦を生き延びた者の硬さがあり、

ただ一つを失うことだけを恐れる者の痛みがあった。


沈黙のまま、彼を見極める。


いつもそうだ。

まず感情を理解し、次に――戦略を求める。


「話しなさい」


柔らかく、だが逆らえぬ命令。


ルシアンは、息を整えた。


「使徒たちが現れてから……

ずっと、見られている気がする。

何かを探している。

それが何かは分からないけど……

彼らの秩序にとって、ダグラス公爵領は“邪魔な駒”なんだ」


ソフィアは眉をひそめたが、反応は冷静だった。


「なら、警戒すべきは英雄だけじゃないわね」


「そう。

ここにいれば……僕は格好の標的だ。

でも公爵領なら、成長できる。

鍛えられる。

彼らが手を出せない域まで、強くなれる。


英雄たちが“成長している間”は、僕には何もできない。

でも、この都にいれば……

いずれ、必ず仕掛けてくる。

そして、もし使徒が直接動けば……」


言葉を切る。


「もし、使徒が動き……

その信徒たちがそれを支持したら……」


「――死ぬわね」


ソフィアは、言葉を濁さなかった。


ルシアンは視線を落とした。


「……うん」


ソフィアは深く息を吸い、

吐き出すと同時に、その怒りを“別の形”へと変えた。


――計画へ。


「公爵領へ戻るわ」


断言だった。


「一切の疑念を残さず、完璧に。

成長に必要なものは、すべて用意する。

師、資源、土地、護衛。

防備も徹底的に固める。


もし、あなたに手を出すつもりなら……

それ相応の代償を払わせる」


身を屈め、彼の目の前まで顔を近づける。


「よく聞きなさい、ルシアン。

たとえ教会が力を増そうと、

神殿が民の信仰で膨れ上がろうと、

使徒たちが世界の裁定者を気取ろうと――


書かれたどんな信仰も、あなたには触れられない。

私がいる限り、絶対に。


英雄があなたに挑むなら……

必ず、あなたの土地を越えてこなければならない。

そして、ダグラス家は――決して許さない」


背筋を、冷たいものが走った。


「……ありがとう、母さん」


「感謝はいらないわ」


彼女は即座に訂正する。


「あなたは私の息子。

私にとって、何よりも大切な存在よ」


致命的なまでに優雅な動きで立ち上がり、

ダグラス家特有の鋭い光を瞳に宿して、言い添えた。


「帰りましょう。

公爵領へ。


信仰ではなく……

あなたが主となる場所へ」


静まり返った謁見の間には、フェリペ王、アデライン王妃、そして二人の顧問だけがいた。

ソフィアが入室すると、その場の空気がわずかに引き締まる。


公爵夫人の一歩一歩は、静かな威厳を帯びて響いた。

押しつけることはない。

ただ――彼女の言葉が、この王国の隅々にまで重みを持つことを思い出させるだけだ。


「陛下……」


彼女はわずかに頭を下げた。


「ご報告に参りました。

明日、私は公爵領へ戻ります」


フェリペは眉をひそめ、一語一語を吟味するように彼女を見た。


「そんなに急にか?」

迷いを含んだ声だった。

「都はいまだ不安定だ。民は……君と、君の息子が成したことを信じている」


ソフィアは小さく手を動かした。

それは制止であり、同時に肯定でもあった。


「その信頼は、これからも受け止めます」


ゆっくりと、言葉を選びながら告げる。


「ですが――ここからではありません。

公爵領が、私たちを必要としています。

そして何より……今は、息子が」


アデラインは静かに頷いた。

長年の友情と信頼が、心配を覆い隠している。


「ソフィア公爵夫人……

今日、民が飢えずに息をできているのは、あなたの隊商と先見の明のおかげです。

王国は、そのことを忘れません」


ソフィアは一瞬視線を落とし、室内の緊張を測るように沈黙した後、強く顔を上げた。


「それは、我々の責務でした」


短く区切り、続ける。


「ですが、今後を考えねばなりません。

魔物を抑えるだけでなく……英雄たちも。

彼らの祝福、その信徒たち――」


言葉を切り、慎重に選び直す。


「軽率な判断ひとつで……王国全体が揺らぎかねません」


フェリペはゆっくりと頷いた。


「分かっている……

彼らの力は計り知れない。だが、あまりにも予測不能だ」


椅子の背にもたれ、低く続ける。


「もし神々が直接介入すれば……

均衡そのものが崩れるだろう」


ソフィアは息を吸い、怒りと緊張を一本の細い静けさへと縫い止め、澄んだ声で言った。


「神の来訪は、祝福にもなり得ます。

同時に――災厄にも」


指先が、静かに机に触れる。


「だからこそ、迅速に、そして正確に動く必要があります。

すべてを信仰や民の熱狂に委ねてはなりません」


アデラインは視線を伏せ、言葉なくその重さを理解した。


「どうか道中の安全を……

そして、ありがとう、ソフィア。王国はあなたたちを信じています」


「ありがとうございます」


ソフィアは、あえて間を置いてから答えた。


「安全など、もはや存在しません。

ですが――制御できるものは、まだある」


彼女の声には揺るぎない確信があった。


「私が息子のそばにいる限り。

公爵領が、私たちの導きのもとにある限り……

人であろうと、神であろうと、

私たちを通さずに運命を決めることはできません」


フェリペは深く息をつき、その確かさを受け入れた。


「その言葉を信じよう。

この旅が、王国を強くすると願っている」


ソフィアは優雅に背筋を伸ばし、そのすべての所作に決意を宿して言った。


「帰りましょう。

公爵領へ」


見えない境界線を引くように、軽く手を動かす。


「そこでは――

力を持つのは信仰ではありません。

私たちです」


その一言で、謁見の間は深い敬意に満ちた沈黙に包まれた。


静けさの裏で、誰もが理解していた。

この穏やかな決断こそが――

王国の安定と、迫り来る混沌を分ける“線”なのだと。

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"読んでいただきありがとうございます!コロンビア人ですが、日本のアニメや小説が大好きで頑張って書いています。翻訳ツールを使っての投稿ですが、楽しんでいただければ幸いです。"
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