『光の選択』
神殿の白い大理石は、太陽の光を反射してはいなかった。
それはまるで――世界そのものが、そこを通して呼吸しているかのように輝いていた。
エミリーは、使徒の前に静かに立ち尽くしていた。
その姿は確かに人の形をしている。
だが、あまりにも静かすぎた。あまりにも正確すぎた。
一つ一つの所作が、すでに「死すべき存在である感覚」を忘れてしまった者によって演じられているかのようだった。
彼の鎧は光を映さない。
――光を、喰らっていた。
語りかけてきたとき、それは「声」ではなかった。
揺るぎない確信そのものだった。
「――汝は、選ばれた」
その言葉は、肉体よりも深い場所を貫いた。
「力ゆえではない。
血筋ゆえでもない。
誰にも見られていない時でさえ、汝が“照らすこと”を選んだからだ」
ヘラルドはエミリーを見つめた。
裁くようにではない。
それよりもなお重い――神の期待を宿した眼差しで。
「神性とは」
そう続けて、
「完全さを求めはしない。ただ、従うことを求めるのみだ」
柔らかな光が彼女の上に降り注いだ。
それは、この世界に属さぬ“触れられ方”だった。
「本日より、汝に命ずる。
・人々を脅かす危険から、凡なる者たちを守れ。
・すべてが失われた時、彼らの希望を導け。
・そして、我が主の意志のもと、決して道を違えるな」
エミリーは目を開いた。
言葉は発さず、ただ――息をした。
その瞬間、ヘラルドが一歩、彼女へと近づいた。
空気が、凍りついたかのように静止する。
「そして」
彼は手を差し伸べながら言った。
「その男と汝を繋ぐ誓約を、解放する権限も与えられている」
刻印は消える。
運命は、完全に――神のものとなる。
「……だめ……」
それは、かすかな囁きだった。
ヘラルドは沈黙のまま、彼女を見つめる。
「彼に、情を残しているのか?」
「……感情ではなく……感謝です」
エミリーは迷わず答えた。
だが、その声はわずかに震えていた。
「光が見えなくなった時……
あの人が、私にそれを示してくれました」
ヘラルドは、わずかに首を傾けた。
拒絶ではない。
想定外の変数を吟味する者の仕草だった。
「感情とは、力にもなれば……傷にもなる。
その違いを見極める叡智を、汝が得ることを信じよう」
エミリーは静かにうなずき、深く一礼した。
「もし、信仰が私を導くのなら……
それが、私の想いをも照らすことを拒みません。
光が慈悲であるなら……どうか、最後まで」
深い沈黙。
やがて、光は完全な力をもって彼女を包み込んだ。
エミリーは膝をついた。
弱さゆえではない――敬意ゆえに。
神殿は賛歌に満ちた。
外では、数え切れぬ人々が“聖女の誕生”を目撃したと信じただろう。
彼女は、静かに涙を流した。
恐れからではない。
理解してしまったからだ。
自ら選んだその光が、いつか――
愛することを知ってしまった、あの男の前に彼女を立たせるかもしれないということを。
そして、その時――
神殿のどこかで、何かが彼女を見つめていた。
それは信仰ではなく……興味の眼差しだった。




