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新たなる旅

フェリペ・エルハーン王は、わずか数か月で十年分も老け込んだように見えた。


それは単なる疲労ではない。

消耗でもない。


――崩壊だった。


ゆっくりと、自分の王国が死んでいくのを見続ける男だけが背負う重み。


帝国との戦争から帰還したとき、王は希望を抱いていた。

首都を立て直し、秩序を取り戻し、王国を再編できると。


だが、アクロポリスの地を踏んだ瞬間――


……理解してしまった。


あの戦争は、ただの序章に過ぎなかったのだと。


かつて世代を超えて誇りとされた王都は、無残な姿へと変わり果てていた。


魔法で磨かれていた大通りはひび割れ、制御不能に広がる黒い根に覆われている。

建物のいくつもは、昼夜を問わず成長する変異した蔓植物に呑み込まれていた。


だが、最悪なのは――


魔物ではなかった。


人々だ。


街路は、滅びた領地から逃れてきた家族で溢れ返っていた。


組織された難民ではない。

ただの“群れ”。


絶望し、飢え、骨ばった子どもたちと、立つ力すら失った大人たち。


寺院には、祝福された食料を求めて果てしない列ができていた。

命をほんの少し先延ばしにするだけの、わずかな配給。


水を乞う者。

変異していない果物一つを求める者。

小麦袋一つにすがる者。


そして――

多くは、道の途中で力尽き、倒れていった。


過密は、都市を火薬庫へと変えていた。


一軒の家に二十人、三十人。

溢れ返る下水。

変異昆虫から生まれる未知の疫病。


食料を奪うために生まれた新興の盗賊団。

パン屑を金貨同然で売る商人たち。


王国軍が秩序を保てているのは、城に近い地区だけだった。

残りの都市は――冒険者たちに委ねられていた。


冒険者の多くは英雄ではない。


外で生き延びる術を知った、現実的な生存者だ。


だが皮肉なことに――

彼らこそが、アクロポリスを生かしていた。


彼らは組織していた。


城壁外での管理された狩猟。

食用可能な薬草の安全な輸送路。

避難所や報酬と引き換えに行う地区防衛。


中には、子どもたちに基本的なマナの使い方を教える者さえいた。

火を起こす方法。

魔物を感知する術。


王国は崩壊していた……。


だが、冒険者たちは繁栄していた。


それは、ルシアンがゲームで知っていた世界の始まりだった。


フェリペ王は、一日に二時間も眠れなかった。


夜は報告書に費やされる。


変異森林により孤立した都市。

夜襲で喰い尽くされた小領主。

見たことのない魔獣の群れ。

痕跡すら残さず消える隊商。


魔法学院からは、呪文が不安定化し、変質し始めているとの報告。


王は、正気の瀬戸際にいた。


それでも、彼を繋ぎ止めていた存在があった。


王妃アデライン。


彼が戦場にいる間、彼女は首都を支え続けた。

神殿を、秩序を、信仰を保った。


だからこそ、召集が行われた。


王は貴族たちを、政治のために呼んだのではない。


王国が死につつあるからだ。


……そして、どう救えばいいのか分からなかった。


緊急命令が、領土全域に走った。


『すべての貴族は、三十日以内にアクロポリスへ参集せよ』


礼儀も、形式もない。


それは、勅令の皮を被った嘆願だった。


フェリペは必要としていた。


ルシアンを。

ダグラス公爵領を。

そして、すべてを。


なぜなら――

首都が落ちれば。


王国は、必ず後に続く。


ルシアンは、混沌を覚悟していた。


だが、現実は――

ゲームでの最悪の記憶すら超えていた。


道中で見たのは、ほぼ空の村。

移動できない老人と、言葉を失った子どもたち。


魔物と人、両方の死体で覆われた街道。


家族を失い、ただ一人か二人だけが生き残った者たち。


そして――奇妙な光景。


強力な冒険者が、民間人の集団を率いている。


慈善でも、英雄心でもない。


彼らは“資源”だった。


食用根の採集者。

荷運び。

情報提供者。

過密都市へ入るための“交換材料”。


世界は、彼の知るゲームの姿へと変わりつつあった。


ゆっくりと。

誰にも理解されぬまま。


――彼を除いて。


ルシアンが王都の城壁を越えた瞬間。


最初に襲ったのは、匂いだった。


腐敗。

煙。

汗。

乾いた血。


城壁はひび割れ、夜に淡く光る変異菌に覆われている。


数百の兵士、冒険者、難民を引き連れて彼が現れると――


人々は膝をついた。


敬意ではない。


絶望だ。


「連れて行ってくれ!」

「ダグラス公に忠誠を誓う!」

「ここにいたら家族が死ぬ!」

「どうか、お仕えさせてください!」


ルシアンは――拒めなかった。


こうして、王都におけるダグラス家には、

新たな使用人たちが加わった。


壊れた人々。

だが――


生きている人々。

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