影の中で生き残った者たち
そして――
予想もしなかったことが起こり始めた。
前進を続けるにつれ、
廃墟に支配されていた沈黙が、少しずつ壊れていった。
最初は、かすかな囁き。
次に、押し殺された嗚咽。
本来、人が生きていられるはずのない場所から――
人々が姿を現し始めた。
焼け落ちた梁の下。
干上がった井戸の底。
岩の隙間に作られた即席の洞穴。
巨大な根に絡め取られたように身を潜める、怯えた虫のように。
土にまみれた手の女たち。
煤と乾いた血に覆われた子どもたち。
影のように痩せ細った老人たち。
彼らは何日も身を隠し、
息を殺し、
あらゆる物音を「死」だと思いながら耐えてきた。
そして今――
ダグラス公爵領の旗を目にした瞬間、
彼らの中で何かが、確かに崩れ始めた。
――希望。
かつて家だった瓦礫の中から、
一人の女性がよろめきながら出てきた。
足は震え、
胸には赤子を抱きしめている。
まるで世界そのものが奪おうとしてくるかのように。
「……あなたは……ダグラス公爵領の方……ですか……?」
壊れそうな声。
信じたいのに、信じきれない眼差し。
ルシアンは、考えるより先に馬を降りていた。
公爵としてではない。
貴族としてでもない。
ただ、
目を背けられない一人の人間として。
「……そうだ」
彼は、できる限り穏やかに答えた。
「もう大丈夫だ。
君たちは……安全だ」
女性は、その場に崩れ落ちた。
押し殺していた感情が一気に溢れ、
安堵と絶望が混ざり合った涙が流れる。
赤子も泣いた。
だが、その泣き声は――
確かに「生きている」音だった。
その周囲でも、
次々と人々が姿を現す。
嗚咽。
叫び。
祈り。
それは、
幾夜も死を待ち続けた者たちが、
ようやく見つけた出口の音だった。
次の壊滅した村でも、同じ光景が繰り返された。
六歳ほどの少女が、
目のない布人形を抱きしめていた。
泣かない。
笑わない。
ただ、じっと見つめている。
その年齢で、
世界は一夜で消えるものだと理解してしまったかのように。
アルベルトが、ルシアンの元へ歩み寄り、声を潜めた。
「……我が君」
護衛の後ろに集まり始めた民衆を見やりながら言う。
「このまま生存者を保護し続ければ、進軍が遅れます」
ルシアンは、すぐには答えなかった。
周囲を見渡す。
涙を失った少女。
木に寄りかかり、苦しそうに息をする老女。
彼がいなければ、一日と持たない命の数々。
胸が、締めつけられた。
ルシアンの内側で、
――エルヴィンが叫んでいた。
彼らを見捨てるなど、怪物のすることだと。
それができるのは、空っぽで、冷たい存在だけだと。
「……アルベルト」
彼は、これまでで一番低い声で言った。
「ここに残せば……彼らは死ぬ」
それが、現実だった。
助ければ、遅れる。
遅れれば、エミリーの母は助からないかもしれない。
エミリーを救えば、
ここにいる無辜の人々は死ぬ。
汚れない選択など、存在しない。
血を流さない道など、ない。
アルベルトは唾を飲み込み、
その重さを理解した。
ルシアンは、深く息を吸った。
「……俺は、色々なものを背負っている」
希望に満ちた目で自分を見つめる子どもたちの列を見ながら、呟く。
「だが……
女と子どもを置き去りにして死なせる人間じゃない」
わずかに震える手。
誰にも見えなかった。
それが、彼の葛藤。
それが、彼の人間性だった。
「――班を組め。
臨時の避難所を設営し、負傷者を治療しろ」
命令が下る。
「進軍は続ける。
だが――誰一人、置いていかない」
アルベルトは、深く頷いた。
人々は、再び泣き始めた。
今度は――安堵の涙。
純粋な希望の涙だった。
ルシアンはその中を歩きながら、
感じていた。
向けられる視線の重さ。
託される命の数。
今や、自分に委ねられた魂の量。
彼は英雄ではない。
聖人でもない。
だが、
灰に覆われたこの道で、
震える無辜の人々に囲まれながら――
ルシアンは、
人間であることを選んだ。
八日間の旅は――
十日になり、
十二日になり、
十五日へと延びていった。
二千人だった隊列は、
七千人を超え、
ゆっくりと進む「移動する都市」と化していた。
幸いにも、
討伐された魔物たちは食料となった。
料理魔術師が肉を調理し、
子どもたちは、何日ぶりかの温かいスープを口にした。




