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「空が――落ちてくる」

最初の兆候は、咆哮ではなかった。

揺れですらなかった。


――子どもの叫び声だった。


鋭く、引き裂くような一声が、

大通りを刃のように貫いた。


「ママ……ッ!

そらが……そらが落ちてくる!!」


そして――

誰もが空を見上げた。


十万の魂を抱くこの都市の上に広がる、

いつもは澄んだ青空が、

黒い亀裂で裂け始めていた。


まるで、

内側から何か巨大なものが

無理やり引き裂いているかのように。


鐘が鳴り始める。

一つ……

二つ……

そして――すべて。


赤色警報。

魔獣襲来。


だが、もはや命令に耳を傾ける者はいなかった。


裂けた雲間から――

三つの巨大な影が、翼を広げたからだ。


ドラゴン。


一体は、生きた山のような巨体。

黒曜石のような石の鱗に覆われ、

そこにはマナの亀裂が脈動していた。


そして両脇には、

それより小さいが――

同じく怪物と呼ぶしかない二体。


主竜が咆哮した瞬間、

都市中の窓ガラスが一斉に砕け散った。


その息吹は、

大地が音になったもの。

純粋な力が、空気を震わせる。


人々は、行き先も分からぬまま走った。

母親は子を抱きしめ、

老人たちは激しい振動に足を取られて倒れる。


城壁が軋み、

衛兵たちは本能だけで後退した。


そして――


主竜、降下。


その影は、

三つの街区を覆い尽くした。


一度の羽ばたきで、

暴風が巻き起こる。


人々は空へ投げ出され、

布の人形のように

壁、屋根、柱へと叩きつけられた。


「伏せろォォ!!」

西側防壁の隊長が叫ぶ。


だが――

遅すぎた。


主竜が顎を開く。


次の瞬間、

濃密な地属性マナの奔流が、

溶けた山脈の稲妻のように

南区へと降り注いだ。


通り一本が――消えた。


壊れたのではない。

燃えたのでもない。


消滅した。


地面から巨大な岩柱が槍のように突き上がり、

家々をまとめて押し潰す。


悲鳴すら――上がらなかった。


中央広場では、

二千の一般兵(低レベル、未成熟のオーラ)が

震える盾列を組んでいた。


弱いルーンで強化された盾。


「防壁を展開しろ!

盾を上げろ!!」


オーラの板が、

かすかな火花のように灯る。


――その時。


β(ベータ)ドラゴンが、降下した。


次の瞬間――

盾は、粉になった。


文字通り、粉砕。


最初の尾の一撃は、

ガラスの上に雪崩が落ちるような衝撃。


三十人が、一瞬で消えた。

死体すら残らない。


そこにあったのは――

燻る空白だけ。


「隊列を立て直せ!

突破させるな――!」


だが、

馬車ほどの大きさの城壁の破片が落下し、

隊長を砕くことなく押し潰した。


隊列は――


崩壊した。


兵士たちは、もはや命令もなく後退していた。

互いにぶつかり、転び、

中には――声を上げて泣き崩れる者もいた。


「強すぎる!!」

「傷一つつけられない!」

「逃げろ! 生き延びろ!!」


その時、北側回廊から――

精鋭部隊が姿を現した。


黒い外套を翻し、

身体の周囲に圧縮されたオーラをまとった者たち。


――ガンマ特殊部隊。


「ガンマ・ワン、十字障壁を展開!」

「ガンマ・ツー、副竜の右翼を狙え!」


ガンマの魔導士たちが、

固体化したマナの柱を立ち上げる。


レベル40〜50。

この都市で到達可能な、最高峰の防御。


六角形の障壁が重なり合い、

空間そのものを封じた。


――だが。


副竜が、咆哮した。


障壁は、

まるで沸騰寸前の水のように震え出す。


一人の魔導士が鼻血を流した。

別の一人は膝をつき、

溺れるような呼吸を始める。


「もたない……!」

「耐えきれ――」


爆散。


障壁は砕け、

魔力の破片が嵐となって半個小隊を薙ぎ払った。


その瞬間――

雷が、槍のように天から落ちた。


――ヴォルトラックス将軍。


レベル75。

デルタ親和。


純粋な雷霆の外套をまとい、

そのオーラは封じ込められた嵐のように轟いていた。


彼の姿を見ただけで、

逃げ惑っていた兵たちは足を止めた。


「全員、俺の後ろへ!」

「これ以上、一歩も退くな!!」


主竜が、

その巨体の頭部をゆっくりと向ける。


溶岩のような双眸が、

将軍を捉えた。


山が落ちてくるような速度で、

竜は広場へと突進する。


ヴォルトラックスは槍を地面に突き立てた。


次の瞬間――

彼のオーラが爆発し、

都市全体を照らす巨大な青い雷柱となった。


雷撃は、

主竜の頭部へ直撃。


衝撃音は数キロ先の窓を震わせ、

竜は横倒しになって着地し、

二十軒の家屋を粉砕した。


生き残った者たちが、希望の叫びを上げる。


「傷つけたぞ!」

「将軍なら倒せる!」

「助か――」


――竜は、立ち上がった。


頬にあるのは、

浅い火傷一つ。


そして――

笑った。


杭のような牙を剥き出しにした、

捕食者の笑み。


ヴォルトラックスは唾を飲み込む。


「……クソッ。」


主竜の咆哮が都市全体を震わせ、

攻撃されてもいない二つの塔が崩落した。


混乱の最中、

一人の母親が娘の手を引き、

唯一無事な東の橋へと走っていた。


「手を離さないで!

後ろを見るな!!」


橋が、再びの咆哮で揺れる。


少女は泣きながら叫んだ。


「ママ……こわい……!」


「もうすぐ……もうすぐだから……!」


――その前に。


β(ベータ)ドラゴンが、

二人の前に降り立った。


爪が地面を割る。


母親は、立ち止まった。


竜は首を傾け、

ただ――

運悪く進路に入った虫を見るように、

二人を見下ろす。


少女が、震える声で囁く。


「ママ……どうするの……?」


母親は、答えられなかった。


――二つの命が、そこで消えた。


ヴォルトラックスは、

全力で戦い続けていた。


雷撃を放つたび、

マナは恐ろしい速度で消耗される。


空気は震え続けたが――

主竜は、ほとんど後退しない。


魔力核の格が違いすぎた。


ガンマ部隊は、ほぼ壊滅。

戦士たちは近づこうとするが、

竜の一動作で人形のように吹き飛ばされる。


市民たちは、理解できずに逃げ惑う。


……なぜ地面が自分たちを飲み込むのか

……なぜ家ほどの岩が空から降るのか

……なぜ神に等しい三体の存在が

この街を選んで踏み潰すのか


空は燃え、

街は軋み、

希望は砕け散った。


人類は、危機に瀕していた。


――だが、

それを誰も知らなかった。


帝都は、なお燃え続けていた。


黒煙が夜明けの光を覆い、

魔獣と人間の死体が山を成す。


比率は、圧倒的だった。


一体の竜に対し、

数百の人間。


生態系は、すでに変わっていた。


そして――

それを理解していたのは、

マナだけ。


その日の午後――

空気が、脈打った。


風ではない。

揺れでもない。


それは、

世界の心臓が締まり、解ける音。


最初に気づいたのは、帝国の魔導士たちだった。


「……今の、感じたか?」

震えるガンマが尋ねる。


「揺れじゃない……」

別の者が囁いた。

「マナだ……マナが……呼吸した……」


空の色が変わる。

風が、重くなる。


泣いていた子どもが、

突然泣き止み、

何か見えないものに見られているかのように

虚空を見つめた。


――そして。


魔獣たちが、

一瞬だけ攻撃を止めた。


全ての首が、

同じ方向へと向く。


北へ。

森へ。

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