『ダグラス最後の狂怒』
刃が身体に突き刺さったまま――
それでも、ローレンスは腕を上げた。
剣が金属音を轟かせ、空を裂く。
――そして、皇帝を傷つけた。
深い傷ではない。
だが、皇帝の口から驚愕の声を引き出し、
帝王の血を一滴、地に落とすには十分だった。
皇帝の顔が、怒りと驚愕に歪む。
「貴様の息子は、必ず我が物にする」
吐き捨てるように言った。
膝をつき、命が零れ落ちていく中で、
ローレンスは純粋な蔑みの眼差しを向けた。
「ダグラス領に足を踏み入れた時……
お前は地獄を知るだろう。
そして――その時こそ、
貴様の帝国の終わりが始まる」
ローレンス・ダグラスは、立ったまま死んだ。
戦士として。
影の怪物として。
帝国に立ちはだかる、最後の壁として。
――――――
ローレンス・ダグラスの身体が、
まだ完全に地に倒れきる前。
ダグラス軍の中で――
何かが、砕けた。
不自然な沈黙が、戦場を支配する。
重く。
息苦しく。
世界そのものが、一拍の鼓動に縫い止められたかのように。
そして――
地獄が、開いた。
王国よりも古い伝統を受け継ぐ、
ダグラスの騎士たちが、剣を一斉に掲げる。
そこから、マナが噴き出した。
黒き炎。
紅の雷。
生のエネルギーの奔流。
それぞれの男が、
主の死という痛みを燃料に変えていた。
まるで血の奥に封じられていた禁忌が、
解き放たれたかのように。
咆哮が、空を引き裂く。
「――――公爵様のためにッ!!」
それは、人の叫びではない。
喪失と憤怒から生まれた、
永遠の誓約に縛られた戦士たちの原初の咆哮だった。
帝国軍の戦列が、揺らぐ。
ダグラスは、突撃しなかった。
跳躍した。
足元でマナが爆ぜ、
小さなクレーターを穿ちながら、前方へと射出される。
陣形もない。
戦術もない。
あるのは、
魔力によって増幅された――純粋な凶暴性だけ。
一人のダグラスが帝国兵の盾に激突する。
魔力を帯びた剣の衝撃だけで鋼が砕け、
兵士は十メートル先へ吹き飛び、
マナの振動で骨が粉砕された。
別の一人は、
槍が腹部を貫いたにもかかわらず前進した。
腕に紅蓮のオーラを纏い、
柄をへし折り、
そのまま槍兵に飛びかかり――
一太刀で首を落とす。
顔は涙と血と光に濡れ、
まるで内側から燃え尽きているかのようだった。
決して使ってはならなかった力。
だが今、解き放たれたそれは――
もう、止まらない。
「バーサーカー」
そんな言葉では、足りない。
もっと暗く。
もっと古く。
もっと――恐ろしい。
帝国軍の間を、囁きが走る。
「ち、違う……
あれは人間じゃない……
マナの……悪魔だ……!」
帝国の魔導師たちが、即座に反応する。
「火炎障壁!」
「火嵐を展開!」
「空気圧縮、最大出力!」
火柱、衝撃波、エネルギー弾が、
ダグラスの騎士たちを飲み込む。
だが――
彼らは、魔法を突き破った。
全身を焼かれ、
致命傷となる裂傷を負いながらも、前進を止めない。
剣は、不自然なほど鮮烈な光を放っている。
召喚された炎に包まれた一人のダグラスが、
三人の帝国魔導師の間へ跳び込み、
一人の胸に剣を突き立てる。
――次の瞬間。
周囲を巻き込むマナ爆発が起こり、
残る二人は塵となって消えた。
帝国の将軍たちは、顔面蒼白になる。
「中央を下げろ! 今すぐだ!」
「抑えきれない……こんなもの……!」
「いったい、あの公爵領は何を使っている!?」
違う。
それは魔法ではない。
絶対の忠誠。
限界を超えた痛み。
主の、最後の無言の命令。
――その死を、無駄にするな。
ダグラスは戦場の一メートル一メートルを血に染めながら、
致命傷を無視し、
骨を露出させたまま戦い、
呪文すら砕く一撃を叩き込む。
叫びも、
閃光も、
鋼の衝突も――
すべてが、一つの意志に収束していた。
主の仇を討て。
最後のダグラスを弔え。
帝国に膝をつかなかった男を、讃えよ。
そして、その瞬間――
神々でさえ、後ずさった。




