『決闘』
皇帝は、死体の間を歩いた。
まるで庭園に転がる石を踏み越えるかのように。
走らない。
怯えない。
焦りもない。
ただ前へ進む――
確信に満ち、絶対的に。
ローレンスは横に唾を吐き、剣を構えた。
二人の視線が交わった瞬間、誰の目にも明らかだった。
これは決闘ではない。
数百年の時を隔て、必然として衝突する二つの歴史そのものだ。
「降伏しろ」
数歩手前で立ち止まり、皇帝は告げた。
「帝国に忠誠を誓え。
――私に誓え。
そうすれば、お前も、その公爵領も生き延びられる」
声音は穏やかで、ほとんど親切ですらあった。
理性的な取引を持ちかける者の声。
ローレンスは、指一本動かさない。
「ダグラスは、人に忠誠を誓わない」
低く、揺るぎなく言い切る。
「我らが誓うのは王国と、公爵領だけだ。それ以外にはない」
皇帝の口から、失望の溜息が漏れた。
「惜しいな。
お前のような戦士は、そう多くはいない」
そして、淡々と続ける。
「……だが、代わりに息子で我慢しよう」
ローレンスは笑った。
闇を孕んだ、危険な笑み。
「失望するぞ。
お前がルシアンに触れることは、決してない」
――空気が、爆ぜた。
戦闘開始
二人は激突した。
衝撃波が発生し、大地を抉り、盾を吹き飛ばし、死体を転がす。
最初の五分間。
その攻防は、苛烈で、鋭く、人の目では追えぬほどだった。
ローレンスの影が絡みつき、切り裂き、喰らおうとする。
だがそのすべては、皇帝の純粋なマナによって打ち砕かれた。
デルタ vs イプシロン
そして、戦場に存在しないはずの“語り部”が、
最初からそこにあった差を、はっきりと示す。
――デルタ適性
強大で安定したマナ。
長年の鍛錬によって磨き上げられた、高効率の力。
だが限界がある。
高度な技を扱える反面、マナの消耗は通常通りだった。
――イプシロン適性(皇帝)
優れている、という次元ではない。
溢れ出るマナ。
戦闘中ですら再生する、異常な魔力回路。
それはもはや怪物の域――
神性に触れる血統の証だった。
差は単純だ。
デルタは、イプシロンに並ぶことはできる。
――一時的には。
だが、持久では決して勝てない。
地獄の十五分
ローレンスは、それを理解していた。
だからこそ、最初から全力を叩き込んだ。
一撃一撃が急所を狙い、
一つ一つの魔法が、致命の隙を求める。
自分が尽きる前に――
相手を終わらせるために。
剣と剣が幾度も交差し、
稲妻のような閃光が城壁を照らす。
見守る兵たちは、無意識に後ずさった。
十分。
ローレンスは二太刀を入れた。
浅い――だが、確かに血を流させた。
皇帝の反撃は、圧縮されたマナの奔流だった。
大地が砕け、ローレンスの身体が宙を舞う。
十五分。
互角に見えた。
――だが、それは錯覚だ。
ローレンスの限界
ローレンスは地に手をついた。
虚無を感じる。
体内のマナが、消えかけていた。
胸が焼け、
腕は山を背負ったかのように重い。
一方、皇帝は――
永遠のようだった。
呼吸は乱れず。
眼差しは冷たく。
マナは、尽きる気配すらない。
「見事な血統だ」
皇帝は認める。
「だが……我が血には及ばぬ」
ローレンスは、荒い息の合間に笑った。
「……それでも、
すぐに殺せなかったってことだ」
皇帝の目が細まる。
そして――
古代の詠唱を、低く紡いだ。
禁じられた術
囁くような魔音。
直視できぬほどの金色の輝き。
帝王の血統が、最も純粋な形で顕現する。
皇帝の剣が――
ローレンスの胸を貫いた。
ダグラスの血が、震える大地に滴る。
兵たちは、息を呑んだ。
――だが。
その瞬間、
誰も予想しなかった事態が起こる。




