『絶対戦時体制』
戦場は、終わりなき悪夢だった。
三日三晩、七度に及ぶ正面突撃。
城壁は耐え、
魔導師たちは波のように押し寄せる敵軍を殲滅し、
ダグラス家は右翼を、獣のような猛々しさで死守していた。
遠く離れた丘の上。
帝国の天幕の下で、皇帝と皇女ナイラは静かに茶を嗜んでいた。
眼前で繰り広げられる虐殺が、ただの余興であるかのように。
帝国の軍旗は、炎のようにはためく。
死体は、山のように積み上がっていた。
ナイラは王国右翼を見据える。
「……ダグラス家、退きませんね」
驚きを隠せず、そう呟いた。
皇帝は頷く。
「退かぬだろう」
さらに一口、茶を啜り――
「……そろそろ、指導者が死ぬ頃合いだ」
ナイラは、静かに杯を置いた。
「将軍たちを向かわせます、父上」
皇帝は微笑んだ。
柔らかく――どこか愉しげに。
「いいや。
その必要はない」
彼は立ち上がる。
「私が、始末しよう」
空気が震えた。
大地が、凍りついたかのように静止する。
皇帝の影が、戦場全体を覆い――
ダグラス公の運命は、その瞬間に定まった。
――――――
アクロポリスの二重城壁が、魔導の巨神のごとく輝いた。
最初の帝国大隊が境界線を越えた瞬間、
カーター伯が刻んだルーンが一斉に起動する。
圧縮結界。
減速マナ領域。
拘束式魔導罠。
王国の秘奥は冷酷だった。
臨床的な正確さで、鎧と骨を引き裂く。
盾を構える暇すらなく、
数百の帝国兵が捕らえられ、押し潰され、引き裂かれた。
要塞のあらゆる裂け目から、王国魔術の咆哮が響き渡る。
――だが、帝国は怯まない。
遠方の丘より、ナイラが手を上げた。
「――精鋭部隊、展開を開始せよ」
その言葉が神託であるかのように、
帝国最恐の部隊が前進する。
深紅の先鋒〈カーマイン・ヴァンガード〉。
白銀の猛虎〈アラバスター・タイガーズ〉。
血を操る魔導師団〈ブラッド・ソーサラー〉。
そして、その後方――
生ける日食のように。
皇帝。
戦場全体が、低く唸った。
血統による優越――
それは比喩ではない。
生きた圧力そのものだった。
王国軍の中で、ローレンス・ダグラスはすでに血路を切り開いていた。
影の悪魔のように戦場を駆け、
黒き剣は鎧を断ち、
デルタ魔術が制御された雷光のように閃く。
その一挙一動が、
なぜダグラス家が古来より恐れられてきたのかを、雄弁に物語っていた。
――その時だった。
戦場が、異様な静寂に包まれた。
矢が、止まる。
詠唱が、喉で途切れる。
地を流れる血でさえ、凍りついたかのように。
ローレンス・ダグラスは、
一太刀で三人の帝国兵を斬り伏せた直後だった。
剣身には、黒炎のように煌めく影がまとわりついている。
そして――
誰もが感じ取った。
“それ”の存在を。




