『不可能要塞』
帝国の軍旗は、枯れた影のように大地を覆いながら進んでいた。
十万の兵――
それほどの数がありながら、彼らを包む静寂は、まるで敗残兵のそれだった。
新たな戦線へ到達するまで、二日を要した。
距離のせいではない……恐怖のせいだ。
王国の夜陰に紛れた撤退は、兵たちの心に疑心暗鬼を植えつけた。
一本一本の木がダグラスの潜伏場所に見え、
あらゆる影が、喉を裂く刃に思えた。
彼らは征服者として進んでいたのではない。
追われる者として、歩いていたのだ。
噂は、不治の病のように隊列を巡った。
「夜の子らだ……」
「音もなく動くらしい……」
「影すら残さず殺す者たち……」
「名前を落とされたら、もう終わりだ……」
真昼の太陽の下でも、震える兵は少なくなかった。
ナイラは黒き軍馬を駆り、先頭を進んでいた。
その眼差しは冷たく、揺るがない。
だが、どれほど無視しようとも、兵たちの疲弊は明白だった。
軍団兵の目は落ちくぼみ、
鎧は幾日の戦で汚れ、
魂は砕け散っていた。
もはや彼らは、かつての栄光ある帝国軍ではない。
そして、最も残酷だったのは――その対比。
遠征の初め、帝国は二十万を超える兵を擁していた。
今では……ようやく十万余り。
それでも――
最後の丘を越えた、その瞬間。
朝霧が晴れた、その刹那。
ナイラは、世界が凍りつくのを感じた。
そこにあったのは――
王国の、新たなる要塞。
荘厳。
威圧的。
そして、攻略不能。
二重構造の巨大な城塞。
高く、厚く、近年の魔術で磨き上げられた城壁。
王国の紋章は、敗北など知らぬかのように翻っていた。
石壁には無数の封印が輝き、帝国の魔導士ですら見たことのない防護結界を編み上げている。
傍らの将軍が、震える声で呟いた。
「……姫殿下。これは……ダラよりも大きい……」
別の者が唾を飲み込む。
「王国は……どうやって……こんな短期間で……?」
だが、全員の背筋を凍らせた問いは、別にあった。
「――それで……どこから、またこんな数の兵を……?」
ナイラは手綱を強く握った。
数字は嘘をつかない。
最後に確認した時、王国軍は一万四千にも満たなかった。
だが今――
斥候の報告では、城壁の向こうに二万二千、あるいはそれ以上。
戦争の始まりと、まったく同じ。
まるで――
何事もなかったかのように。
王国の損失など、最初から存在しなかったかのように。
その対比は、侮辱だった。
帝国の士気を真正面から叩き潰す一撃。
風が吹き、王国の青き軍旗がはためく。
まるで、帝国を嘲笑うかのように。
ナイラの血が煮え立った。
歯が、ぎり、と鳴る。
この場所……
この城壁……
この、あり得ない兵数の復活……
すべてが、宣言だった。
王国は、準備ができている。
帝国は――できていない。
そして、なおも巨大な軍を率いながら……
この地に来て以来、初めて――
ナイラは、決して口にしない感情を抱いた。
――恐怖。




