『王女の憤怒(おうじょのふんど)』
一週間が過ぎていた。
かつてダラの門前に広がっていた、緑豊かで生命に満ちた大地は――
今や、露骨に口を開けた墓場と化していた。
風は血の金属臭を運び、煙、焼けた肉の匂い、そして遠くで鳴く鴉の声が混じり合う。
遠征開始当初は完璧だった帝国の軍旗も、今では裂け、煤に汚れ、いくつかは死体の山に突き刺され、丘を転がり落ちないよう留められていた。
だが、最悪なのは外ではない。
帝国の大天幕、その内部だった。
「――役立たずどもッ!!」
怒りと膨大なマナを帯びたナイラ王女の咆哮が、剣のように空気を切り裂いた。
将軍たちと顧問は即座に跪き、震えながら頭を垂れる。
深紅の鎧に身を包んだ若き皇女は、抑えきれぬ嵐のように天幕の中を歩き回っていた。
その瞳は、怒炎に燃えている。
「約束したわよね?」
あまりにも静かで、だからこそ恐ろしい声だった。
「一週間で、この忌々しい要塞を落とすと」
彼女の視線が落ちる。
そこにあるのは、精鋭でも将軍でもない。
まるで――塵芥を見るような目だった。
「一週間」
一音一音を噛みしめるように、繰り返す。
「それなのに、一歩も前進できていない。それどころか……」
戦況報告の板を掴み、床へと叩きつけた。
「帝国兵、三万以上が戦死」
「ひ、ひ、姫殿下……!」と誰かが口を開きかける。
「黙れッ!!」
怒声と同時に、男は床に額を押し付けるように崩れ落ちた。
ナイラは深く息を吸う。
「……で? 王国側の損耗は?」
一人の将軍が喉を鳴らした。
「ご、五千……です、殿下。
初期戦力二万一千六百三十七のうち……」
ナイラは笑った。
一切の愉悦を含まない、氷のような笑みだった。
「五千で、三万」
「怪談としては出来がいいわね……それとも、悪趣味な喜劇かしら?」
その瞳が、さらに冷たくなる。
「それだけじゃない」
「皇帝陛下が与えてくださった十名の将軍のうち――四名が死亡。
さらに一名は瀕死で、二度と前線に戻れない」
爪が、作戦卓をぎり、と引っかいた。
墓標のような沈黙が落ちる。
一人の顧問が、恐る恐る囁いた。
「ですが殿下……ブルランス公を戦線離脱させることには成功しました。
重傷ですが、数週間で復帰する可能性は――」
ナイラは歯を噛み締めた。
「……それが成果だと?」
「あの猪は問題じゃない。問題は――まだ、そこにいる」
彼女の指が、地図の中央戦線を叩いた。
「ローレンス・ダグラス」
「死を刈る者」
「――たった一人で、こちらの将軍を三人も屠った男」
誰一人として顔を上げられなかった。
ナイラは深く息を吸う。
その瞬間、怒りに別の感情が混じる――焦燥。
「どう説明すればいいの……皇帝陛下に」
「精鋭将軍を十人も与えられて……半分近くを失い、城壁一つ落とせていないなんて」
一人の戦略家が、必死に言葉を探す。
「殿下……増援を要請すれば――」
「却下」
叫びはしなかった。
だが、その声は全員の血を凍らせた。
「増援を求めた瞬間、私は“四流国家一つ制圧できない”と認めることになる」
「そして父は……無能を許さない」
その表情が変わる。
怒りは研ぎ澄まされ、鋼の意志へと変貌した。
「力で砕けないなら……知略で折る」
「ダラは落ちる。必ず。どんな手段を使ってでも」
ナイラは背筋を正した。
皇族のマナが迸り、紫の光が天幕を満たす。
それだけで、全員が反射的に跪いた。
「夜襲を準備する」
「精鋭二個部隊」
「そして――王国側三名の指揮官の肉体状況を、正確に把握しなさい」
冷たい視線が突き刺さる。
「どこまで追い込めば、折れるのか……それを知る必要があるわ」




