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婚約の儀式

婚約の日、サングス神の司祭がダグラス邸に到着した。

その邸宅は、まるで蜂の巣のように忙しく動き回る使用人たちであふれていた。

馬車の装飾、供物の準備、儀式用の衣装の整備――すべてが慌ただしく進む中、ソフィア・ダグラスは完璧な静けさで細部まで目を光らせていた。

彼女にとって、完璧さは選択肢ではない。神聖な義務だった。


ルシアンは、尊敬と不安が入り混じった眼差しでその光景を見つめる。

これほど絶対的で、取り消しのできない誓いの重圧を感じたことはなかった。

神殿は静かに、荘厳に待っている。まるでサングス自身が、この結ばれようとしている契約を前に息をひそめているかのようだった。


儀式への一歩一歩が、見えない鎖を意識させる。

血の契約――神によって認められた誓い――破ることはできない。

破れば代わりに苦しむのは――エミリー。


神聖な責任は彼女にある。だが道徳的な重み――恐怖、厳粛さ、そして先取りする罪悪感――は胸に石のように沈み込む。

自分のせいで彼女を苦しませたくはない。


大理石の床を踏む靴音が、静かな戦鼓のように響く。

ルシアンは唾を飲み込む。

背中を、尊敬と畏怖が入り混じった震えが走った。


これはただの儀式ではない。

すべての決断が悲劇を生む可能性のある道への、最初の一歩なのだ。


鏡の前で、ルシアンは黒い礼服を整えた。

金の刺繍は自ら光を放つかのようで、白いマントは肩に落ち、権威と運命を示すかのようだった。

刺繍には双頭の狼と交差する二本の剣――家の象徴が描かれている。


だが、いかに象徴的であろうと、完璧な装いであろうと、彼の瞳の不安は隠せなかった。


「怖いのかしら、ルシアン?」

ソフィアが優しく尋ねる。

肩を緊張させる彼を見てのことだった。


ルシアンは深呼吸し、平静を装う。

「少し、母上」

「儀式は必須だと分かっている……でも、これはただの伝統です。問題は起きません」


ソフィアはダグラス家特有の誇り高い微笑みを浮かべた。

だが心の奥では、彼女も知っていた――息子が儀式そのものを恐れているのではないことを。

恐れているのは、その後に待つ未来だ。

水平線の向こうから押し寄せる、解読不能な影のような出来事たち。


ソフィアは微かに身震いする。

まるで誓いの後に、単なる婚約以上のものが息子に目覚めようとしていることを予感したかのようだった。


儀式の間、ダグラス家の家族はすでに祭壇の前に整列していた。


ローランス・ダグラスは、大理石の彫像のように威厳を保ち、端正に立っていた。

マルサは穏やかな微笑みを浮かべていたが、その瞳には誇りと哀愁が交錯している。

ケイレブとカタリナは表情をほとんど変えず、政治的手続きとしての儀式にすぎないかのようだった。

公国では、祝祭ですら義務の重みを伴うのだ。


客たちのざわめきは、エミリー・カーターが入場するや、霧のように静まった。


ルシアンは視線を上げ、息を飲む。


エミリーは、まるで浮かぶかのように、淡い青のドレスを纏い歩く。

刺繍された花々が夜明けの光を反射し、繊細なピンクのレースを通して神殿の光が優しく差し込む。

一歩ごとに白い大理石を踏みしめる音が、静かで神聖な響きを伴っていた。


招待客は全員立ち上がり、空気は静まり返る。

聞こえるのは彼女の足音と、後ろを歩く両親の足音だけ。


エミリーの瞳がルシアンの瞳と重なった瞬間、彼は顔が熱くなるのを感じた。

エミリーは穏やかで柔らかな微笑みを向ける――完璧に制御された表情で、自然に見えるほどだ。

だが、数日前に恐怖を見た彼には、その落ち着きが壊れやすい仮面であることが分かった。


その瞬間、世界は止まった。

神も運命も暗い未来も消えた。

そこにあるのは、ただ彼女――そして、この一瞬だけだった。


主司祭が祭壇に近づき、両手を広げる。

低く響く声が神殿のドームに反響した。


「これより、サングスの神の御前で誓いの儀を始めます」


小さな銀の穿孔具でルシアンの指を刺すと、血滴が祭壇の銀の指輪に落ちる。

同じ動作をエミリーにも行う。二人の血が、まず個別に輝き――やがて赤い光となって指輪の象徴を通して融合する。

金属が呼吸しているかのように、微かな輝きが広がった。


魔力のざわめきが神殿を満たす。


「この誓いにより、結びつきの約束が封じられます。

サングスよ、この聖なる契約の証人、裁き手、守護者となれ」


神殿全体を走るエネルギーの波――皮膚を立たせる深い脈動――に、空気が重くなる。

神自身が視線を向けたかのようだった。


ルシアンはその契約の重みを骨の髄まで感じた。

エミリーはかすかに視線を落とす。


婚約は封じられた。もはや後戻りはできない。


儀式の後、客たちは隣室へ移動し、完璧に整えられた饗宴が待っていた。

香辛料、ワイン、焼き肉の香りが漂い、貴族たちの祝福と計算された微笑みが混ざる。

これは外面の夜、神が聞くことのない約束の夜だった。


ルシアンとエミリーの手には、血の指輪がわずかに赤く輝き、二人を繋ぐ契約の象徴となる。

多くの者にとって、それは名誉。

だが彼らにとっては、鎖だった。


「貴族の家族が参ります――」


最初に現れたのはノア・アーメット伯爵家。

妻と子を伴い、娘イザベラ・アーメットは雪のような白髪と深い青の瞳を持つ。

冬の花のような美しさが、サロンの視線を奪う。

特にケイレブ・ダグラスの視線が逸れるのを、ルシアンは見逃さなかった。


「これで……悲劇は始まるのか」

ルシアンは静かに息をつく。


次に来たのはケスラー家、続いてイタカ帝国出身のマカリスター家。

ルシアンはゲームの記憶の通り思い出す――軍事力はさほどではないが、空間魔法に関する古代の親和性を持つ家族だ。

二つの魔法の腕輪を贈られ、エミリーは驚く。ルシアンは礼儀正しく受け取るが、内心その価値を認める。


スタンリー、ブリッグス、シュナイダーの各家も、決まったプロトコルに従い、挨拶と贈り物、微笑みを交わす。

ソフィアの母方のモンドリング家は控えめに一礼して静かに退場。影のように貴族的だった。


――ブールランド家:力と炎――


戦闘に長け、肉体強化の魔法を家の魔導書に秘める家族が到着。

中でもカラ・ブールランド・ベッカー――17歳の後継者――が目を引く。

赤い炎のような髪、空色の瞳、しっかりとした立ち姿。

美しく、そして致命的。


ルシアンはすぐに彼女を認識した。

ゲームでは、主要なヒロインで、文字通り倒せない存在だった。

多くのルートは彼女との戦闘で終わり、ほとんどのプレイヤーは笑顔を見ることなく敗北する。


彼女はルシアンを好奇と挑戦の目で見つめる。

彼も視線を返す。

見えない火花――尊敬と警告――が交差する。


――デニス家:毒を隠した微笑――


続いて現れたデニス家。外交的な微笑みを浮かべるが、ルシアンは視線を逸らさない。

実態は帝国の内通者、王国を売る陰謀者。

そこにいる意味は、挨拶ではなく、危険の警告だった。


握手は礼儀正しく行うが、心の中では血の映像しか浮かばない。


――王族――


王族到着のアナウンスで、場内のざわめきは一瞬にして消えた。

全員がひざまずく中、三公爵のみが礼を尽くす。


アデライン・アーカン・スタンリー女王が歩み出る。

王国全体を背負ったかのような優雅さ。

その横には皇太子アンドリューと、鋭い瞳と圧倒的な存在感のエリザベス王女。


エミリーはひざまずこうとしたが、ソフィアが腕を支え、致命的な失態を防ぐ。


女王は高貴な言葉で二人を祝福し、深紅のベルベットに包まれた贈り物を手渡す。

その後、王室専用の控え室へと退場。


ダグラス家からの贈り物


その時、ソフィアが手を挙げる。

二人の使用人が、黒布に覆われた長い箱を運び出す。


布が取り払われ、箱が開かれると、暗い輝きがベルベットの内面を照らす。

会場全体が息を呑む。


ルシアンは背筋が震えるのを感じた。


そこにあった――


ダインスライン


漆黒の刃、夜の断片のように磨かれ、微かに青く輝き、周囲のマナのリズムに呼応する。

邪悪さではなく、深い静けさ、沈黙に誘う落ち着きが宿る。


エーテリオン


破壊のためではなく、魔力の流れを調和させ、持ち主の消耗を軽減する古の武器。


ルシアンはすぐに理解した。

かつて自分が振るったわけではない――ゲームで、ダークルシアンを討った報酬として現れる剣。

自分の“堕ちた未来”――避けるべき運命の象徴だ。


微かに唇がほころぶ。


「ダインスライン……俺への警告――」


この贈り物は偶然ではない。

世界が、かつて自分の命を奪う者に与えられるはずだった武器を、目の前に示したのだ。


第一幕は終わった。

ゲーム……今、始まったばかりだった。

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