第三章:知性の罠と二つの戦争
【1991年11月/東京・首相官邸】
官邸の執務室は、机の角がやけに鋭く見えた。角が鋭いのではない。私の神経が尖っているのだ。椅子に深く座ろうとして、背筋を正した。背筋を正さなければ、総理という肩書きに身体が負ける。
就任の挨拶を終え、職員が出ていくと、部屋は急に静かになった。静けさの中に、紙の擦れる音だけが残る。私は机の端に置かれた所信表明演説の草稿を指で叩いた。叩けば言葉が整うわけではない。だが、叩かずにはいられない。
「総理、政治改革のくだりですが」
官房副長官が遠慮がちに言う。私は腕を組み、首を右に傾けた。癖が出るとき、私の頭の中では二つの声が同時に話している。
「この国会で改革をやる」
草稿のその一行が、妙に白々しい。白々しいのは紙の白さではない。私の中の反対が透けるからだ。私は小選挙区制に懐疑を持っている。死票が増える。敵味方が際立つ。政治はオセロのようにひっくり返る。だが、国民の怒りは、中選挙区制こそ金権政治の温床だ、と叫んでいる。怒りは理屈より強い。私の知性が、私の首を絞める。
『思想的には反対だ。しかし政治的には推進しなければならない』
私は心の中で言い、外では「えー、」と間を取った。
「表現は強くしておきなさい。改革をやると言わねば、やらないと言っているのと同じになる」
官房副長官は頷き、ペンを走らせた。言葉を強くするほど、党内の反発も強くなる。だが弱くすれば、世論が私を飲み込む。内と外、どちらに寄っても転覆する。官邸は船だ。船長は私だ。船底に穴があるのに、甲板の上で方角だけを議論しているような感覚があった。
窓の外に、灰色の空が見える。私は、あの空に向かって説明できるだろうか。説明できなければ、私はまた「嘘つき」になる。嘘をついたつもりはない。だが、嘘つきと呼ばれた事実は動かない。史実は壁である。その壁の前で、私は毎日、言葉を選び直す。
机の引き出しに、古い自分の著書が入っている。持ち込んだのは、私自身だ。私はそれを取り出し、開いた。紙の匂いが、官邸の新しい空気に混じる。
「中選挙区制は日本人にぴったりである」
自分の言葉が、冷たく突き刺さる。私はページを閉じた。閉じても、その一行は消えない。消えないものを抱えながら、私は別の一行を書かねばならない。
「この国会で改革をやる」
同じ口が、逆のことを言う。知性は矛盾を理解する。しかし政治は矛盾を許さない。許さないのは、相手ではない。映像と見出しと、単純な問いだ。やるのか、やらないのか。白か黒か。その問いに、私は灰色で答えてきた。灰色は誠実だと思っていた。だが、灰色は嘘だと受け取られる。
私は立ち上がり、腕を組んだ。首を右に傾け、窓の外の灰色を見た。『この椅子は、経成会に貸与された椅子だ』。砂防会館の石の冷たさが、いまも背中に残っている。
「小森君は、何と言っている」
官房副長官が一瞬ためらった。ためらいの分だけ、答えは重い。
「改革は最優先だ、と」
私は頷いた。頷けば、また管理される。頷かなければ、政権は沈む。どちらにしても、私は沈む方向に向かっている。沈む速度を調整するのが、総理の仕事なのかもしれない。
「会っておこう。早いほうがいい」
言ってから、私は自分の声が少し乾いているのに気づいた。乾いた声は、覚悟の声ではなく、疲労の声だ。
◆
【1992年1月/東京・永田町 党本部】
会議室の長机は、いつもより長く感じた。長いのは机ではない。座っている人間の思惑が長いのだ。私は中央に座り、資料をめくった。政治改革。選挙制度改革。そこに書かれた図表は整然としている。整然としているほど、実際の政治は乱れる。
経成会の実力者 小森一也が前に座っている。彼は煙草を吸わない場所では吸わない。その代わり、目だけが煙を吐く。私は腕を組み、首を右に傾けた。癖が出るとき、私は自分の言葉を信用できなくなる。
「総理、この国会で決めましょう。先延ばしはできません」
小森は「総理」と呼ぶ。言葉は丁寧だが、声は命令である。私は言い返したい衝動を抑えた。言い返せば、党内は割れる。割れれば、私は「まとめられない」と書かれる。書かれれば、私は終わる。
「えー、手続きは大事です。党内の意見も――」
「党内の意見は、まとめるのが総理の仕事でしょう」
机の上に、見えない拳が落ちた気がした。私は拳ではなく、理屈で返す政治家だ。だが、拳には理屈が通じない。通じるふりをさせるには、根回しが要る。根回しとは、相手の弱みと恐怖と恩義を撫でる作業だ。私はその作業が苦手だ。苦手な作業を、苦手なままやらねばならない。総理になったからといって、人は得意にならない。
会議が終わり、廊下を歩くと、党職員が「総理、お疲れさまです」と頭を下げる。私は返礼しながら、内心で別の言葉を呟いた。
『疲れるのはこれからだ』
官邸に戻る車の中で、私は短く目を閉じた。目を閉じると、紙の上の自分の言葉が浮かぶ。中選挙区制の効用。小選挙区制の危険性。知性は先に危険を見つける。だが政治は、危険を承知で踏み込むことを求める。危険を踏み込む者は英雄と呼ばれるか、愚か者と呼ばれる。呼ぶのは、いつも後から来る人間だ。
◆
【1992年5月/東京・首相官邸】
机の上に、農政と外交の資料が積み上がっている。PKO協力。コメ市場開放。どれも一つで政権が揺れる案件だ。政治改革だけに集中できる状況ではない。集中できない状況こそが、政治改革を遅らせる言い訳になる。言い訳になれば、推進派が怒る。怒れば、党が割れる。割れれば、政権が終わる。
私は資料の山を見ながら、指を組んだ。腕を組む癖を抑えようとして、結局組んでしまう。首が右へ傾く。癖は、私の中の疲労を正直に示す。
「総理、幹事長がお見えです」
入ってきたのは自政党幹事長 梶原和六だった。顔に彫りが深い。声も深い。彼が椅子に座ると、部屋の空気が一段と濃くなる。紫煙の匂いはない。だが、彼には煙草を吸っていない時間にも煙草の気配がある。武闘派とは、そういう存在だ。
「総理、改革はいい。しかし小選挙区制は危ない」
梶原は単刀直入だった。単刀直入な言葉は、時に優しい。回り道のない分、こちらの逃げ道もない。
私は「えー、」と間を置いた。間を置けば、彼はその間を切り裂く。切り裂かれたら、こちらは血を見せる。私は血を見せずに戦う政治家だ。だが、血を見せない戦いは、相手には弱さに映る。
「危ない、というのは」
梶原は私を見据えた。
「毒まんじゅうだ。食えば自政党は死ぬ」
毒まんじゅう。言葉が生々しい。生々しい言葉は、党内を動かす。生々しい言葉は、世論にも届く。届けば、改革推進派はさらに燃える。燃えれば、党内の火が広がる。火の中心に、私がいる。
「しかし、国民は改革を求めています」
私は正論を口にした。正論はいつも安全だ。安全だからこそ、戦場では役に立たない。
「国民が求めているのは、金を断つことだ。制度を変えれば金が消えると思っているなら、甘い。制度を変える前に、党が割れる。割れたら終わりだ」
私は反論したかった。割れたら終わりだというが、割れないまま腐るほうが終わりではないのか。だが、その反論は理念の反論だ。梶原は理念では動かない。彼は現場の票で動く。票は、恐怖と生活で動く。
「えー、だからこそ調整が要ります。党が割れない形で――」
「総理、調整と言うな。調整は逃げだ」
梶原の声が低く響いた。逃げ。私はその言葉に反射的に反応した。リクルートのとき、私は逃げたと書かれた。秘書に押し付けたと書かれた。逃げたと書かれた私は、逃げてはいけない。逃げれば、私はまた嘘つきになる。嘘つきは、倫理を語れない。
『逃げるな。だが踏み込めば死ぬ』
矛盾が、私の胸の中で形になった。知性の罠である。理解すればするほど、身動きが取れなくなる。
梶原は立ち上がり、椅子の背に手を置いた。
「総理、私は党を守る。党を守るのが幹事長の仕事だ」
彼はそう言って出ていった。守る。誰を守るのか。党か。議員か。国民か。守るという言葉は、守る対象を曖昧にする。曖昧さは、政治では武器になる。だが、改革の言葉は曖昧さを許さない。改革は明確さを要求する。明確さは党を割る。
私はひとりになり、腕を組んだ。首を右に傾けたまま、机の上の草稿を見た。
「この国会で改革をやる」
その一行が、毒まんじゅうに見えた。
◆
【1992年秋/東京・永田町】
党内の空気は、表面だけは平静だった。だが、薄い氷の上を歩いている感覚が消えない。改革推進派は声を強め、慎重派は声を低くして足を止める。声の強弱が、党内の分裂線になる。
私は幹部会議に出席し、席に着いた。会議の冒頭で、私は言葉を選んだ。
「えー、政治改革は、国民の信頼を取り戻すために必要であります」
必要であります。必要だと言うほど、私の中の懐疑が騒ぐ。懐疑を押し込めるのに、私は力を使っている。力を使えば疲れる。疲れれば判断が鈍る。判断が鈍れば、また二転三転と書かれる。私は自分の過去から逃げられない。
改革推進派の中心にいる羽原孜が、資料を示しながら早期決着を求めた。彼の言葉は熱い。熱は人を動かす。私の言葉は冷たい。冷たさは人を慎重にする。慎重さはいま、罪だ。
会議の後、通路で小森が私に近づいた。距離の詰め方が、彼はうまい。私は距離を取るのが癖だ。距離を取る癖は、今は弱点になる。
「総理、幹事長を替えましょうか」
小森の声は軽かった。軽い声で言うほど、内容は重い。幹事長を替える。つまり、梶原を切るという意味だ。切れば、慎重派が噴き上がる。噴き上がれば、党が割れる。割れれば、政権が終わる。終われば、改革どころではない。
「小森君、党は一枚岩でなければならない」
私は口にして、すぐに自分の言葉の空疎さを感じた。一枚岩。いま一枚岩だと言うことが、最も嘘に近い。
小森は私を見て、少しだけ笑った。
「一枚岩にするのが、総理の仕事でしょう」
また同じ言葉だ。総理の仕事。私は総理の仕事をしているつもりだ。だが、総理の仕事の定義が、私の想像よりも暴力的なのだ。相手を切り、票を動かし、敵を作り、味方を固定する。小選挙区制になれば敵味方が際立つ、と私は書いた。その敵味方を、いま、党内で作れと言われている。
『私は、自分が書いた警告を、自分で実行しようとしている』
知性が、皮肉として返ってくる。私は首を右に傾け、腕を組み直した。小森は私の癖を観察している。癖は人の弱みを教える。私は癖を直すべきだと分かっている。だが、癖を直すほどの余裕がない。
「えー、急ぎすぎるのは危険です」
「危険なのは、先延ばしです」
小森はそう言って去った。去り際の背中が、砂防会館の石の冷たさを連れていく。私は立ち尽くした。通路の壁に、党のポスターが貼ってある。笑顔が並んでいる。笑顔の下には、票の計算が並んでいる。
私は、笑顔のポスターを見ながら、ふと思った。『この党は、私の知性を必要としているのか。それとも、私の肩書きを必要としているのか』。答えは分かっている。肩書きだ。総理という看板だ。看板があれば、店は開く。店が開いているように見える。中身が腐っていても。
腐りを止めるのが改革だという。だが、腐りを止める薬が毒である場合、人はどうするのか。毒を飲むか、腐りを放置するか。私はその二択の中にいる。
◆
【1993年3月/東京・首相官邸】
春の気配が窓の外にあるのに、官邸の空気はまだ冬だった。政治改革の審議は進まず、党内の言葉は荒くなる。私の机には、野党との駆け引きのメモと、党内調整のメモが重なっている。重なるほど、どちらも進まない。
私はペンを持ち、白紙に一行書こうとして止まった。
「この国会で改革をやる」
その一行を書けば、世論は一瞬だけ納得する。だが、その一行は党内を切り裂く。切り裂けば、私は「まとめられない」と書かれる。書かれれば、私は終わる。終われば、私は再び「嘘つき」になる。嘘つきは、改革を語れない。改革を語れない総理は、存在できない。
堂々巡りだ。知性は堂々巡りを見抜く。見抜くほど、出口が遠のく。これが罠だ。知性の罠。私は罠の形を理解しているのに、罠から出られない。
官房長官が入ってきた。
「総理、幹事長が、また慎重論を強めています。推進派は反発しています」
また、だ。私は頷いた。頷きが増えるほど、私は薄くなる。
「小森君は」
「強い言い方で迫っています」
私は腕を組み、首を右に傾けた。右へ傾けた首が、そのまま落ちてしまいそうだった。
『改革を進めたい実力者と、改革を潰したい幹事長。その真ん中に私がいる』
私は椅子から立ち上がり、窓の方へ歩いた。窓ガラスに、自分の顔が映る。疲労の色が滲んだ顔だ。総理の顔というより、罠にかかった男の顔だ。
私は窓に向かって、小さく言った。
「えー、どうしてこうなる」
誰に聞かせる言葉でもない。だが、言わねば息が詰まる。私は答えを持っている。組織の論理だ。数の論理だ。内圧だ。外圧はまだ、ここでは形になっていない。だが、外の空気は、確実にこちらへ流れ込んでくる。改革を求める空気が、官邸の窓を叩く音が聞こえる。
私は窓から離れ、机に戻った。紙を一枚引き寄せる。政治家は、紙の上で決断する。決断は紙に残る。紙に残った決断が、やがて人を動かし、人を割り、人を救い、人を殺す。
私はペン先を紙に置いた。まだ書かない。書けない。
『私は、言葉の力を信じすぎているのかもしれない』
そう思った瞬間、胸の奥が少し痛んだ。言葉を信じてきた。それが私の仕事であり、私の誇りであり、私の罠だった。
官邸の時計が鳴る。音は正確だ。政治の時間だけが、不正確だ。




