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マクラな草子  作者: アヴェ
卑しくも哀しい才能の子羊
15/16

第二章・003

 教室を出てからさあどこへ行こうかと悩みに悩みぬき、言って、別に底まで悩む事でもないと思い至りつつ今に至った結果。

 とりあえず響くんには報告だけでも済ませておこうということに決まった。

 報告。報告、ねえ。そんな言葉を使うとまるで僕たちがなにやらそういう「仕事」めいたものをやっているかのように感じられるが、どうしてこんなことをやっているのかと疑問に思えてくるほど、そもそもの理由なんてなかったのだ。別に断る理由も無いのだからこうして響くんの仕事を請け負ったのだが、よくよく考えてみれば安請け合いもいいところである。だいたいがだいたいにおいて、お願いをしてくる人物が立川響生徒会長であることがまず問題だ。響くんなら大抵の問題など問題にさえならないだろう。特定の人物の身辺調査など、それこそわざわざ僕たちにお願いをするほどのことではない。響くんは欅を下僕として扱っているみたいだし、調べモノをさせるなら欅を使えばいい。そちらの方がむしろ効果的だ。あるいは生徒会役員の誰かを使うとか。まあそんな言い方をしたら響くんがそれこそお代官様というか王様になってしまいそうだけれど、現に僕らを使っていると、表現できない事もない。生徒会役員はたまたま仕事が多いとか。欅はあんな性格をしているからむしろ全然アテにできもしない情報を持ってきてしまうとか信用できないとか。いろいろと理由はあるだろうがなにより重要なのは、どうして僕たちなんだろう、ということだ。

 帰宅部で暇そうだから?

 たまたま同じクラスでいきなり目立つような事をしていたから?

 誰もが忌み嫌う瀬川の側に居ることができたから?

 ……分からない。響くんの考えている事は分からない。

 生徒会長立川響。彼はおそらく、夢見里高等学校変人リスト、そんなものがあるのかどうかは知らないが、生徒からもやたらと変人が多いと称されるこの学校内の変人たちの中でランキングをつけるとするならば、瀬川や和久井や欅などを差し置いて、断然トップの座に位置することだろう。誰もが認める生徒会長。それは、単純に仕事ができて信頼ができる生徒会長という意味ではない。決して、ない。

 それは、誰もが畏怖する、畏敬の念を向ける対象として、という意味で、誰もが認める生徒会長、なのだ。

「……ふう」

 そこまで考えて、考えるのをやめた。響くんに対してはそれだけの評価を持っているだけで十分だろう。あの人を過小評価したり過大評価したりしても、意味は無い。

 僕たちの予想など無意味なほど、彼はその高みにいるのだから。

「どうかしたの尾崎くん。溜息なんてついて」

 瀬川が僕を案じて声をかけてくる。

「いや、なんでもない」

「そう。でも尾崎くん。溜息をつくと幸せが逃げるっていうよわよね」

 確かによく聞くジンクスだ。

「それがなんだ?」

「今の溜息で、尾崎くんの幸せが一生分逃げたわ」

「そんなに!?」

「もうあなたに幸せなんて微塵も残ってないわ。幸先悪いわね。いや、幸の字が逃げてしまったのだから、先悪いわね」

「その言葉の響きも微妙に悪いよ……」

 おまけに語呂も微妙に悪い。

「あなたの人生にはもう不幸しか残されていない。いいえ、やっぱり幸の字が逃げて不しか残ってないって感じね」

「幸せ以外のどんな言葉にも不が付きそうな事を言うなよ。僕の未来の可能性が不可能性に変わってしまいそうだ」

「今日からあなたの名前は不崎くんね。不崎フクラくん。ふっくらしてそうで、ある意味おいしそうよね」

「幸も不幸も全く関係ねえ! 僕の名前のニュアンスを微妙に変えないでくれ」

 あとおいしそうとか言うな。瀬川が言うと妙に怖い。食べないでね。

「不不不」

「不で笑うな。つかそれは笑っているのか」

「どうでしょうね。まあそれはともかく。逃げた幸せは必ず捕まえなくちゃいけないのよふっくらくん」

「ともかく言うならもうふっくらはやめてくれ。……で、どうやって捕まえればいいんだ」

 そもそも一度逃げた幸せって捕まえられるもんなのか。

「そういえば一般的に、逃げた後どうすればいいかという方法は伝わっていないわね。でもまあ、溜息って吐くものだから、吸えばいいんじゃないかしら」

「吸う?」

「深呼吸よ尾崎くん」

 言われたとおりに深呼吸をする。すーはーすーはー。

「……酷く間抜けよ尾崎くん」

「うん。どうして廊下のど真ん中で深呼吸しなくちゃいけないんだろうね」

「それにやっぱり、吐いてるわよ」

「気づけよ、僕……」

 深く呼吸しているんだからある意味溜息を吐くより幸せが逃げていきそうだった。

「先悪いわね」

「ああ、先悪いな」

「このまま尾崎くんの幸せが逃げたままだと、カップルとしては後味が悪いわね」

 言い出したのは瀬川のほうだろう。瀬川の前ではむやみやたらと溜息を吐くもんじゃないのか。

「というわけで早く幸せを捕まえてね。今のところは私の幸せを分けてあげる」

「ん?」

 そう言って瀬川は僕の手を握った。……廊下ですれ違う人が一瞬注目をする。僕としては瀬川との関係を公に知られたくないのだけれど、既に昼休みで瀬川が豪語しちゃったからな、今更何も言うまい。……やっぱり恥ずかしいけれど。

 さてと。響くんはどこかな。彼の事だ、例え生徒会の仕事があったところで大人しく生徒会室にいる訳もないだろう。かといってどこを探せばいいのか見当がつかない。となればやっぱり生徒会室が一番有効なのだろう。響くん以外に誰かが居れば、居場所を聞けるかもしれない。

 ……そもそも今日生徒会の活動があるのかどうかは知らないけれど。

 というわけで、生徒会室前。会議中だったらいけないので、とりあえず廊下から中の様子を伺う。……もの音一つしない。誰も居ないのだろうか。しかし、どうやら会議中というわけでは無さそうだ。

 僕は生徒会室の戸をノックする。

 すると、どうやら誰かが居るようで、中から女生徒のものと思われる声が返ってきた。

「どうぞ」

「失礼します」

 断って、僕と瀬川は生徒会室に入る。そういえば生徒会室に入るのはこの三年間で今日がはじめてだ。どんなものかと思えばなんてことはない。普通の部屋だった。真ん中に長い机が二つ並んでいて、そのまわりをイスがいくつか囲んで置いてある。イスの後ろには書類をまとめる棚が置いてあるだけで、別段特に特別性を感じる部屋ではない。

「いらっしゃい」

 生徒会室の、どうやら入り口から真正面の席が会長の、つまりは響くんの席だろう。その斜め前の位置にその女生徒は座っていた。

「……こんにちは。えっと、きみ一人?」

 生徒会室には彼女が一人だけだった。彼女も生徒である以上、三年生である僕と同級生か或いは後輩かのどちらかだろうから特に畏まらずに言う。……もしかしたら留年生かもしれないという可能性は全く考慮していない。

「あなた様は今私に、他の人は居ないのかと聞いたのでしょうか。ならば私は、はいそうですよと答えます」

 彼女は一言余計な確認をしてから、僕たちに対して丁寧な言葉で対応をした。だとしたら二年生なのだろうか?

「どうぞ、空いている席にでも自由に座ってゆっくりしてください」

「いいのかな? 僕たちは部外者なわけだし」

「別にいいんじゃないかと私は思います。どうせ今日は活動らしい活動はないですし。会長もどっか行っちゃって暫くは帰ってこないでしょうし。なんならお茶でも出しましょうか」

 いくらなんでもゆっくりしすぎじゃないだろうか。まあ、この人自体はそんなに悪い人そうじゃなさそうだし、瀬川のことは知っているだろうから瀬川の姿を見ればそれなりに嫌そうな顔をするんじゃないかと思っていたのだが心配は無さそうだ。

「ところで、君は?」

「あなた様は今私に名前を聞いたのでしょうか。なれば私はその問いに答えたいと思いますが、その前に一つ、僭越ながら恐れながら、まずは訪問者であるあなた様から名乗るべきだと私は思いますがいかがでしょうか、尾崎蒔良様」

 彼女はまた一言確認をしてから答える。

「ああ、ごめん。……って、なんで僕の名前を?」

 瀬川の名前なら知っていてもおかしくは無いが僕の名前まで知っているとなるとちょっと不思議だ。それとも、僕と瀬川の関係が下級生にまで知れ渡ってしまっているのだろうか。

「別に不思議なことでは全然ありません。卑しくも私、生徒副会長を任されている身として全生徒の最低限のプロフィールを把握しているだけなのです。三年生や二年生は勿論の事、一年生や滅多に学校に来ない不登校や退学処分を喰らった生徒のプロフィールまでなんでもござれです」

「へえ、そいつはすごいな。入学してきたばかりの一年生のことまで知ってるのか。ん? でもそれって、顔と名前全部一致させてるの?」

「はい、そうです。……おかげでここ一週間の授業は全く身に入っていない上に寝不足です。あなた方がここに来るまで、実はめっちゃ寝てました」

 ……うん、すごいけど、すごいけど無駄な努力過ぎるだろそれ。生徒副会長、だっけ? 副会長が勉強よりも優先して生徒のプロフィール覚えるって、本末転倒だ。一見真面目そうには見えるけれど、いや実際真面目なんだろうけれど、真面目になるべき方向を間違えてないか?

「ともあれ私が生徒副会長の山田未来です」

「え、ああ、うん。よろしく山田さん」

 しかもさりげなく自己紹介を済まされてしまった。なんなんだろうこの人、こっちの調子が狂う。

「山田さんは二年生なの?」

「いいえ、あなた様と同じく三年生ですよ」

「じゃあ別にそんな丁寧な言葉で話さなくてもいいよ」

 なんだか居心地が悪い。というか三年生だったのかこの人。山田さんには悪いけれどあんまり廊下ですれ違った事もなさそうだし覚えていない。

 そういえば、山田や田中という苗字は総じて地味だというジンクスが僕の中であった。実際はそんなわけ無いのだろうけれど。

「この喋り方は癖みたいなものです。喋り方が丁寧なだけで別にあなた方に敬意を払っているとかそんなつもりは全く持って微塵もありませんのでお気になさらず」

「逆に気になるような事を言われたけれど分かったじゃあ気にしない」

 山田さんのことが全然分からない。今までに違う人種である事を僕は実感した。

「ところで私の事はどうか呼び捨てにしてください」

「んー、呼び捨てはちょっとなあ……」

 初対面だし、僕には抵抗がある。

「お気になさらず。私はあなたの事をおーちゃんと呼ぶので」

「初対面でいきなりそんな呼びかたされるの僕!?」

 いっちゃあなんだが慣れなれしいというか図々しい。

「じゃあまっきー。或いはオザッキー。さらにはまきまき、おざきんぐなどなど色々ありますが、どれがご所望でしょうか」

「呼び方に対してはだいたいおおらかな僕だけれど、なんだかどれも拒否したくなるよ! っていうか拒否するよ!」

 だ、だめだ、山田さんのペースに巻き込まれちゃあ駄目だ。よく考えたら生徒副会長っていうことは、会議のときは大体となりに響くんがいるってことじゃないか。まともな神経な人がそんな役職できるわけがなかった。

「冗談です。私の言っていることは全部冗談でできています」

「はあ、ということはそれも冗談って言う事だよな」

「勿論冗談です。私の言っていることは全部本気です」

 どっちがどっちだかもはやどうでもいい。とりあえず、山田さんも変人という事を理解した。ええ、理解しましたとも。

 何故か変人が多いと言われるこの学校の生徒会の会長と副会長がそろって変人じゃあ……そりゃ変人が多くもなるか。というか生徒会が原因なんじゃないのか? 類は友を呼ぶ、の拡大版みたいな感じで。

「ところで本日はどのようなご用件で」

 気を取り直して山田さんが僕に聞いてきた。僕は、こんな生徒会に真面目さを求めたって仕方が無い事を悟って山田さんの向かい側に座る。瀬川が僕の隣に座る。

「とりあえず、響くんに用があったんだけど、居ないんだよね?」

「居ないかといわれれば居ませんね。ああそういえば居ませんでしたね。どこに行ったんでしょうね」

「さっき自分でどっかいったって言ってなかったっけきみ……」

 物忘れが激しいのかい?

「言ったと言われれば言いましたね。ああそういえば言いましたね。なんて言ったんでしょう」

「いちいち言い回しを変えないで、普通に喋れないのかい?」

「これが癖ですし。それに、あなた様にとって普通でなくとも、私にとっては普通であるというただそれだけのことなのですよ」

 まあ、普通というのは主観的な意見では語れないか。極論を言えば、自分以外の人間は全て変だとも言えるわけだし。

「それで、響くんがどこに行ったか分からないんだね?」

「さてどうでしょう。ここで分からないといえば、生徒副会長としての私の評価が底辺の底辺にまで落ちてしまいそうですし、分かっていますと言ったところで私が本当のことをあなた様に話すとは限らないのでしょうし、さてさて、それはもしかしたらあなた様に依るところなのかもしれないと、僭越ながら恐れながら私は言うのです」

「回りくどいね。つまりは知らないんだね?」

「…………黙」

「黙するな。口に出して発音する事じゃないしそれ。別に君の評価を下げたりなんかしないから」

「あらそれはそれは蒔良さんはとっても心が寛大ですのね。でもそれも逆に困りますね。私の、卑しく下賎な私の評価が底辺でないだなんてそんな可笑しな話はあってはいけないのです。ええですから蒔良さん。私のことなどどうか底辺とお呼びください」

「君はMなのか?」

 だとしたら酷くやりづらい相手だ。しかも瀬川が喜びそうな相手だ。瀬川にとってMな人ほどいじりがいがある人はいるまい。……いや、逆なのか? 相手の嫌がる顔を見たいならMな人には手を出さないのかもしれない。

「今あなた様は私にMなのかと聞かれましたか。ならば私はこう答えましょう。いいえ、私はSですと。鏡に映っている泣き崩れた自分の姿を高い位置から眺めてほくそえんでいたりするのです」

「それって完全にエムじゃねえかよ!」

「さてどうでしょう。先ほども言ったように、私が本当のことを言っているのかどうかは分からないのです。どうか私を信用しないでください。私を信じて裏切られた、なんて言われて恨まれたくないですから」

「別に恨みはしないだろうけど」

 なんだかそこまで言われると、なんだか山田さんも何かしらの事情を抱えてそんな信念を持っているのかもしれないと思わずにはいられない。或いはそれが既に嘘で冗談なのかもしれない。いや、こんなこといちいち考えていたらキリがない。

「というわけなので、私がどんな情報を持っていたとしても、信じないでください。そして、信じられない情報をお渡しするわけにはいかないのです。私は生徒副会長として限りなく秘密主義者なのです」

「そんな秘密主義者は聞いたことが無い。……けれどまあ、今更どこにいるか聞いたって、あの響くんのことだ、既に別の場所へ移っているかもしれないし、探すだけ無駄な可能性もあるな」

 と、言えば聞こえがいいかもしれないが、単純に考えるのが面倒になっただけである。山田さんがどんなことを言っても、僕は山田さんの言うとおりに山田さんを信用しないか、或いは山田さんの期待を、それこそ裏切って信じるかの二択を迫られるのである。勿論、その逆も然りで、いわゆる究極の選択をしたくないだけである。……これも考えるだけ無駄なんだけど。

「そうですか。では会長が戻ってくるまで待っているといいです」

 どうしようか。このまま図書室に行って久家さんに話をしに行くのもいいけれど。

「どうしようか、瀬川」

 僕はなんだかぼーっとしている瀬川に聞く。……うん、なんだか久しぶりに瀬川に話しかけた気がするんだけど、気のせいだよな。

「…………」

「つまりは黙、ですね」

「おーい、瀬川?」

 ぼーっとしているというか、じーっと山田さんの顔を見つめている。焦点は合っているようだ。

「何か?」

 じー。

「卑しくも下賎なこの山田未来に何か御用でも」

 じー。

「だめですよ奈々実さんほどの高貴な方が私のような底辺の底辺に位置する賎民を注目するなど。ええ、もってのほかです。私はその視線で、その視線で死んでしまえるほど卑しいのですよ?」

 じー。

「……ならばこれならどうでしょう。……奈々実先輩、そんなに見つめないでください、私、私、おかしくなっちゃいそう」

 山田さん。どんなキャラだよ。

「だめですか。じゃあこれは。……べ、別にあんたにみられて照れているわけじゃあないんだからね、勘違いしないでよね」

 つまりは照れているのか? というか山田さん。どっからどこまでが本気でどっからどこまでが冗談なのかはっきりしてくれ。もう僕には山田さんのキャラが理解できなくなってきている。

「ご、ご主人様、どうしてそんなに見つめられるのですか?」

 じー。

「あははー、奈々実ちゃんったらそんなに見つめてー、照れるなー!」

 じー。

「奈々実くん、僕に対する熱視線、大変喜ばしいけれど、そんなことをしても、僕は何にもしてあげられないよ?」

 じー。

「奈々実様、どうか、どうかお許しくださいませ! 私としたものがなんたることを!」

 じー。

「あらあ? 奈々実ったら、そんなに見つめてどうしたの? お姉さんに虐められたいの? うーん、どうしようかしら」

 じー。

「……奈々実。……………………見つめすぎ」

 じー。

 なんというか山田さん。恥とか知らないのだろうか。いろんなキャラクターを演じてくれたけれど、瀬川は全く反応していないのだった。

「以上、蒔良さんが喜びそうなキャラクター設定集でした」

「僕かよ! 喜ばねえよ! 瀬川もいい加減に何か反応してやれよ。矛先が僕に向いちまったじゃねえか」

「……うん。計算どおりよ」

 グッと親指を立てる瀬川。……なに? 二人の間に台本めいたなにかが存在してたっての? 二人はいつからそんなに仲がよくなったの?

「まあともかく。でも尾崎くんが一番喜びそうなキャラクターがなかったわね、山田さん」

「だからなんで僕が喜びそうなキャラ探してんだよ」

「……いえいえ高貴なる奈々実様。蒔良さんが喜びそうなキャラクターなら演じる必要などもはや無いものだと結論付けたものでして」

 僕が喜びそうなキャラなんてそんなの。ねえ?

「そうね」

 だからなんで意気投合しちゃってんのあなたたち。瀬川なんてさっきまでだんまりだったくせに。

「でもどうしようかしらね。立川くん、ここには居ないんでしょう?」

「そういうことになりますね。まあ今日はもう一度ここに寄るとは言っていましたから、その内戻ってくるでしょう。……そうですね、どうせあなた方はもう一つの案件があるのでしょうけれど、それはひとまず置いておきませんか」

「……どうしてそれを?」

 もう一つの案件。即ち七海さんと久家さんの関係の改善。

「今どうしてと聞かれましたか蒔良さん。ならば卑しくも下賎な私はこう答えましょう。……ただのカマかけですと」

 どうもそれだけじゃなさそうだ。……なんというか山田さん、響くんほどとは言わずとも、一筋縄じゃいかなそうな雰囲気がある。

「或いは会長から聞いただけ、なのですけどね」

 ……そうでもないような雰囲気もまた、漂っているのだった。

「それで、どうしてひとまず置いておかなくちゃいけないのかしら? 山田さんは私たちになにか用でもあるのかしら。私たちのほうは別に、もうここに居る理由もあまりないのだけれど」

 もっともな事を瀬川が言う。

「そうでしょうとも。でも私にはあるのです、あなた達を引き止める理由が。或いはもしかしたら無いのかもしれないのですけれど。例えばあなた方と雑談を楽しみたいのだと思ったらそれは用という程のことではないのかもしれませんし」

「いちいち回りくどいわ」

「それが癖ですから。奈々実さんにも癖の一つや二つあるでしょう。それと同じように私にも癖があるのです。まあそれは置いておいて。とりあえず私の用というのが、あなた方が持ってきた、会長への報告を私が聞きましょう、ということです」

 僕たちが生徒会室を訪れた理由など、本当はとっくに知っていたということか。或いはこれもカマ掛けか? いや、それは無いだろう。副会長としての山田さんが響くんから何か聞いていてもおかしくはないし、聞かされていてもおかしくは無い。けれど僕はあえて、その真意を確かめるために、といったら聞こえは悪いけれど、そのために、しらばっくれることにした。

「なんのことだい? 報告って」

「おや、私の勘違いでしたか」

 やっぱりカマを掛けていただけか。

「てっきり、あなた方が会長から請け負った、『鈴木正時の身辺調査』についての報告かと思っていたのですが、どうやら勘違いだったようですね。気に障ったのなら謝りましょう。けれど謝ったところで卑しく下賎な私の言葉など聞き入れては、許してはくれないでしょうね。ええ、それでいいのです蒔良さん、奈々実さん。どうかどうか私のことは底辺の底辺だと思って蔑んでくださいませ」

「ちょ、山田さん」

 どうやら全部知っているようだが、それだけでそこまで自分を低く貶めて彼女に何か得はあるのだろうか。本日話した限りで、彼女の言い回しに色々なパターンがあるのは分かったけれど、自分を「卑しく下賎な」と評価するというのは最初から最後まで変わっていない。もしかしたら本当にMなのかもしれない。

「ごめん、僕が悪かったから、そこまで自分を貶めないでくれ。うん、そうだ、その報告をしに僕たちはここへ来たんだ」

「いいのですいいのです蒔良さん。でも一つだけ勘違いしないでください。私は何も自分を貶めているわけではありません。ただ単に、自分が『底辺の底辺』なだけです。『底辺』はいつまでたっても『底辺』なのです。これ以上自分を卑下することなど私自身にはできないのです」

 どうしてそこまで自分を「底辺」として見るのだろうか。それを聞けばまた、冗談だと言われそうだけれど、こればかりは彼女の確固たる意思でそう思っているような気がした。

「山田さん。とりあえず報告は後回しにして、山田さん。これはもしかしたら僕如きに踏み入ってはいけない話なのかもしれないけれど、どうしてそこまで自分を下に見るんだ? もし差し支えなければ聞かせてくれないかな」

「差し支えるだなんてとんでもない。理由を聞きたいのであれば卑しく下賎な私は躊躇わずに理由を話しましょう。けれど蒔良さん。やはりそれは勘違いというものです。私は自身を下に見ているわけではありません。言ったでしょう。私は『底辺の底辺』なのだと。私は最初から『底辺の底辺』なだけです。そしてこれもさっき言ったでしょう。『底辺』の下は無いのです」

「だからその理由を僕は聞きたいんだよ」

「私の答えがお気に召しませんでしたらすみません。けれどその理由とは、どういう理由のことを言っているのでしょう。私が『底辺の底辺』である理由ですか? それとも私が私自身を『底辺の底辺』だと評する理由ですか?」

 僕が聞きたい理由は、そのどちらでもない気がした。けれどそれをどのような言葉で表現すればいいか分からない。

「蒔良さんがどちらの理由を求めていても、或いは両方の理由を求めていようと、卑しく下賎な私が持っている答えは共通してただ一つです。……単に、始めから、私が産まれたときから、そして死ぬまでの間変わることなく『底辺』だからですよ」

 言葉上ではさっきと言っていることが変わっていないような気がするけれど、実際は全然違う。いや、単に僕と山田さんの認識が異なっているだけだ。つまり、それが理由となっているわけだけれど、やっぱり僕には納得する事ができない。

「どうして始めから『底辺』だなんて思うんだ?」

「今あなたは、どうして始めから『底辺』であると思うか、その理由を問うたのですね。ならば卑しく下賎な私はこう答えるでしょう。単に、『始めから底辺』だからですよ蒔良さん」

 これも認識の違い。

「もうちょっと分かりやすく答えてくれ」

「すみません。私の答えが曖昧で分かり難く、理解しがたい解答だとおっしゃるのでしたらそうなのでしょう。では改めてこう答えましょう。とあるモノが元々『そう』であるのに理由なんてないように、私が元々『底辺』であるのに理由なんてないのです」

 これ以上どのような質問をしたって同じ答えしか返ってこないのだろう。つまり、それだけ彼女が信念として、信念と称していいか分からないが、信念としてそういう考えを持っているという事だ。

「理解できましたでしょうか。卑しくも下賎な私の解答がお気に召しましたでしょうか。もしそうであるのならば私はとても、至極幸せです」

「……ああ、とりあえずね。でもこれだけは言わせてくれ。たとえ君が自分の事を『底辺』だと評価しようが、僕はそんな事は思っちゃあいないよ」

「恐れ多いですよ蒔良さん。そんな言葉は私には勿体無いのです。けれどそうですね、言うだけでしたらなんとでも言えますからね。蒔良さんがなんと言おうと誰がなんと言おうと、私が居るのは常に『底辺の底辺』です。くれぐれも勘違いだけはしないでくださいね」

 僕はとりあえずそれで納得した、振りをしておいた。例え山田さんがそんな信念を貫こうが僕は知った事ではない。それは単なる主観的で独りよがりでしかない我がままとも表現できるものだ。だから僕は、いつかその考えをぶち壊せる日が山田さんに訪れる事を願っておこう。

「それにしてもおかしなものですね。こんなの、ともすれば冗談かもしれないことに対して真面目に聞いてくるなんて」

 七海さんにも似たような事を言われた気がするなあ。

「蒔良さんは疑うという事を知らないのですか。私がどんな情報をあなたにもたらしても、信用するというのはやめた方がいいと最初に言ったはずですよ」

「そうだけどさ……。でもやっぱ、全部が全部信用できないってわけじゃあないだろ?」

「そうとも限らないのが人間との会話という奴です。卑しく下賎な私は、卑しく下賎であれど、他の動物たちと違って会話ができるのです。いや、対話、でしょうか」

 それにどんな違いがあるのかは分からないけれど、確かにそうかもしれない。動物たちは本能で活動する分、嘘をつけないから。もしも動物と会話ができるのであれば、その動物の言葉は全て信じてもいいくらいに、彼らは真っ直ぐだ。……中には他の生き物を騙して捕食する、なんて生態をとる生き物も居るらしいけれど。

「納得したのであれば本題に移りましょうか」

 今はまあ、それしかないか。

「というわけでさっさと報告しちゃってください。まあ、卑しく下賎な私には報告する義理なんて本来全くありませんが、これでも一応会長の右腕、恐れ多くも右腕なのでくれぐれもご容赦してください」

「分かった分かった。そう急かないでくれ」

 僕は山田さんに、響くんから頼まれた「鈴木正時の身辺調査」の報告をした。

 美術部である鈴木正時くんはとても体が弱いこと。

 鈴木くんにはかつて兄がいて、その兄は既に他界している事。

 両親にも先立たれて、体の弱い鈴木くんが家政婦を雇っている事。

 その家政婦は今は三人目の家政婦で、学校と家までその家政婦さんに送ってもらっている事。

 などを一通り報告した。前に響くんに報告した内容と若干被っている部分もあったかもしれないが、そんなことをいちいち気にする山田さんではないだろう。

「ふむふむ。なるほどなるほどわかりましたわかりました。それではそれでは、会長にはそのように報告しておきます」

 また微妙にキャラが変わっている山田さんだった。

「ところでところで、ここまで聞いておいてなんなんですけれど、会長から賜った伝言があるのでございますが聞きますか」

 響くんから伝言? 今朝会った時にはできなかったのだろうか。

「それはまず前提として、あなた方が私にもたらした情報と、会長が自ら収集した情報となんら差異が無かった場合と、あった場合の二通りがあります」

「会長が自ら? おいおい、それも冗談? 会長は僕たちに依頼しておいて、自分は自分で情報集めて居たって事? 僕たちが信用されてなかったってことか?」

 だとしたら憤慨だ。……いや、それこそ信用されていると思っている僕のほうが馬鹿なのか?

「さてどうでしょう。会長の事です。あなたの事を信用しようがしまいが関係なく情報収集くらいはするでしょうね。問題はどう解釈するかです。けれどその問題も今ではどうだっていいのです」

「うーん。……それで、どっちの前提があてはまったんだ?」

「今あなたはどちらの前提があてはまったのだと聞きましたね。ならば卑しく下賎な私はこう答えましょう。……どちらの情報も、ほとんど全く差異がなかった、と。いずれにしろこれは私たち側の問題ですので、あなた方にしてみれば、これから私がする会長の伝言に違いが出るだけのことです」

 それって、だけ、と言っていいものなのかどうか疑問だ。

「その伝言って?」

「たまには回りくどくしないで率直に言う事も大事だとたった今思い至ったため、率直に、かつ正確に伝えましょう。『鈴木正時にはこれ以上深入りするな』」

 ……それだけ? たったそれだけか? なんの脈絡も無い伝言だ。それに、人に依頼をしておいて勝手に深入りするなと、その一言だけで終わらせようというのか。

 いや、そんなのは納得できないしするべきではない。本人に直接事情を聞くべきだろう。

 もしかしたら今朝、欅と響くんが一緒に居たのにも訳があるのかもしれない。いや、一緒にいたのはたまたまなき気もするけれど、今日の、或いはこの間の欅の様子が煮え切らない態度だったのは何か関係があるのかもしれない。

「勿論あなた方にしてみればそんな伝言一つで納得するわけは無いだろうと思います。ので、こうも言っていました。『事情を知りたいのであればそれなりの覚悟を持っておけ』と。卑しく下賎な私が伝えられる会長の言葉はそれだけです」

 事情を話す気は、どうやらあるようだ。だがそれなりの覚悟を必要とする事情ってどういうことだろう。鈴木正時。人当たりの良さそうな彼が何か問題を抱えているというのだろうか。……聞くべき、だろうか。それを。

 最近、僕や僕たちが解決していくべき問題が増えていっている気がする。正確には解決するのは僕たちではなく当事者たちなのだけれど、この場合余り違いはない気がする。

 新学期早々、いろいろな事に巻き込まれすぎではないだろうか。

「因みに、卑しく下賎な私はその事情とやらを全く把握していませんし、たとえ把握していたとしても、今の私には荷が重過ぎる問題だと思われます。……そして卑しく下賎な私個人の意見を言わせてもらえるのならば、あなた方にも荷が重過ぎる問題だと思います」

「……何か知っているのかい?」

「いいえ。私は何も知りません」

 山田さんはこれ以上話すことなど無いと言わないばかりに口を閉じた。

「どうする、瀬川」

「……眠いわ、尾崎くん」

 瀬川が目を擦った。本気で眠そうである。僕と山田さんが物議を醸し出しているのがそんなに退屈だったか。

「というか、仮にも彼女を放っておきすぎよ、尾崎くん」

「仮じゃねえけどそれは謝るよ。つい熱い討論を交わしてしまった」

 討論というほどじゃあなかったけれど。

「仮じゃないとは嬉しい事を言ってくれるわね。勿論私も仮のつもりなんて最初からないけれど。でもねえ尾崎くん。いくらなんでも眠くなるような話をしすぎよ」

 眠くなるって。それは山田さんが底辺か否かの話だろうか。いや、あれは熱くならざるを得ないって。自分は「底辺」だって、あそこまで言い張る人と僕は初めて会ったからな。

「私からしてみれば、主観的な意見に対して主観的な意見で返す尾崎くんも尾崎くんよ。それじゃあ決着なんて着くわけ無いじゃない」

「僕の意見が主観的だって?」

「そうよ。ええ。これはいつかちゃんと話し合わなくてはならないわね。主観性と客観性の違いについて。今はそれはどうでもいいのよ。で、なんだっけ?」

「会長の伝言を聞いてあなた方がどうするか、という話です奈々実さん」

 山田さんの助け舟を聞いて、そうそう、と頷く瀬川。どうやら眠気のせいで話の大半を聞いていなかったらしい。

「で、それをなんで私に聞くのかしら、尾崎くんは」

「いや、僕だけで判断していい事じゃないだろう? 七海さんたちのこともあるし、それが僕たちにとって手に負えない問題だったとしたら、聞くだけ損、ということもあるかもしれない」

「二人だけじゃ話し合いにはならないのよね。何かを決める上で、二人だけで決めるというのは結構問題があると思うわよ。まあそれも置いておいて。聞くだけでは損にはならないと思うわ」

 そりゃあ何事も、聞かないで損になることは多くとも、聞かずに損という事柄はそうそうないだろうさ。けれど、他でもない響くんが「覚悟しろ」と言うほどの事情をそう安々と聞いてしまっていいのかというと、そうは問屋が卸さないだろう。

「……ねえ尾崎くん。何をそんなに恐れているのよ。立川生徒会長に対して。個人的な意見を言わせて貰えばね、彼も人の子なんだから、そんなにすごい事をしているというわけでもないのよ。確かに学校内での彼の評価は凄まじいものがあるけれど、彼は生徒会長として当たり前で、当たり前の事しかしていないんじゃないかしら?」

「うーん」

「そんな生徒会長の言葉一つで自分が今まで成してきた事の、例えそれがただ人の身の周りを聞くなんていう誰にでもできそうな簡単な仕事でも、自分がしてきたことに関わる事情から目を逸らそうというの?」

 ……目を、逸らしているのだろうか。

「ええ、逸らしているのよ尾崎くんは。逃げていると言ってもいいわね。責任逃れ、とも言うわ。いずれにしろ、一度関わってしまったことから最後まで逃げずに、尾崎くんは、勿論私にも、その事情とやらを聞く義務がある」

「……そうかもしれないな」

「お待ちください奈々実さん。卑しく下賎な私としてはあなたの立派なその考えに水を差したくは無いのですが言わせてください。それくらいの権利くらい与えてください。……これはそんな簡単な問題ではないのです」

 突如として山田さんが口を挟む。

「やっぱり何か知っているのね山田さん」

「……恐れ多くも、卑しく下賎な私は会長からその事情を聞きました。いいえ、その場にはナツカもいたのですが、ことこの件に関しては会長とナツカと私の三人であたっていた事なのです」

 ナツカ、即ち欅のことは呼び捨てにしているのか山田さん。つうかやっぱり欅も関わってたんじゃねえかよ。

「私とナツカが主に学校内で聞き込みをして、会長が外部での聞き込みをしていたのです。ナツカはナツカで色々な情報網を利用して情報を集めていたのですが、卑しく下賎な私やナツカが集めた情報というのは大体が大体、先ほど蒔良さんが報告してくれたもの程度のものだったのです」

 響くんが外部調査? でも学校の外で何を調べるというのだろう。

「……その、会長が持ち帰ってきた情報というのが、いわばその事情ということになるのですが……こればかりは卑しく下賎な私に軽々と喋っていい権利はないのです」

「でも、それがどうして、簡単な問題じゃない、になるのよ」

 おそらくそれは響くんが独自に集めた、或いは何かコネを利用したのかもしれないが、独自に集めた情報がただならぬものだったということなのだろう。

「会長から報告を受けて衝撃を受けました。そのとき、これ以上関わりたくないのであれば、関わらなくてもいいとも言ってくれました。……卑しく下賎な私は、それ以上踏み込む事をやめました。私には荷が重過ぎる。ナツカや会長はまだ調べ物を続けていますが、本当なら二人にだってもうやめて欲しい。あれ以上、『アレ』に関わらないで欲しい。……卑しく下賎な私はそう願っているのです」

 山田さんが強調した「アレ」とはなんだろう。それほど危険なモノなのか。おそらく、それが今、響くんや会長が調べている「何か」のキーなんだろう。そしてそれは、鈴木くん自身にも関わる事なのだ。

「いいわ山田さん。それ以上話さなくて。……でもなんだかすごい話を聞いたわね。立川くんや欅くんがなにやら裏で暗躍している正義のヒーロー、みたいな感じね」

「そんな生易しい印象は感じなかったけれど。でもまあ、そうだな。その事情を知ってしまったら確かに、後戻りはできないかもしれない」

「あら。正義のヒーローは生易しくなんて無いわ。だって、彼らはいつだって命がけで悪と戦っているのよ?」

 そりゃそうだけど。昔の特撮モノで街が思いっきり壊されて、どう考えてもあれは死者がたくさんでただろうなあというのもあったけれど。

「それに、事情を聞くだけなら後戻りくらいなら許してくれそうじゃない? ただし、戦線一歩手前、というところまで迫りそうだけれどね」

「ええ、奈々実さんの言うとおりです。けれど、卑しく下賎な私としてはできるなら、できるなら身辺調査程度で済ませられるあなた方にこれ以上知ってはほしくありません」

 ……そこまで言われると、これは大人しく退いたほうがいいのかも知れない。けれど、欅はまだマイナーだけれど、それでも他者から恐れられる程の情報量を持っている欅と、そして立川響生徒会長が二人で関わっている事象がどれほどのものなのかも気になってしまう。

 聞くべきか、否か。

「私たちなら心配は無用よ山田さん。それがどんな事情であれ、一つや二つ聞いた程度で恐れを抱いてしまう程の繊細な神経は持っていないわ」

 いや、僕はともかく瀬川ってかなり繊細な神経の持ち主じゃなかったっけ? 結構すぐ泣くよね、きみ。

「……卑しく下賎な私は、僭越ながら、恐れ多くも奈々実さんに失礼な事を言いますがご容赦くださいね。……あなたって結構馬鹿でしょう?」

「そんなの失礼にはあたらないわ。むしろ褒め言葉よ。この世界は天才が制するんじゃない。私や尾崎くんみたいな馬鹿者が制するのよ」

 さりげなく僕まで馬鹿呼ばわりされた。

「そうですか。……ではどうか誓ってくださいね。卑しく下賎な私に誓ってください。……決して後悔しないって」

「しないわ。絶対に」

「うん。しないよ、絶対に」

 僕は瀬川に倣って、そう断言をした。

 この時の僕じゃあ予想などできまいが、この先の未来がもしも視ることができたとしたら、決してそんな誓いなどたてなかったことだろう。

 僕は決意して、覚悟を決めたそのとき、

「そこまでだなあ皆の衆」

 生徒会室の戸が開き、我らが生徒会長、立川響の姿がそこにはあった。

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