第6話 「永琉さん、もう一度だけ……」
十和が一真の恋慕に気づいたのは偶然だった。
その日永琉は彼女の祖母である先代当主夫人の法事の話で高松家に来ていた。
再会した永琉は楚々とした素敵なお嬢さんになっていた。一真から拒絶していなければ一真の嫁にと惜しみつつ、先代当主夫妻の話で盛り上がった。
永琉は大学を卒業したばかりだが、幼い頃から大人の傍でこの世界を肌で感じながら学んできた永琉は白梅庵のことにも松花堂のことにも詳しく、打てば響く永琉との話は楽しくて、いつも長話になっていた。
この日も長く話し込み、永琉は十和が少し席を外している間にリビングで眠ってしまっていた。
日頃の疲れも溜まっていたのだろうと、タクシーを呼ぼうとした家政婦の美優紀を十和は止めた。柔らかな日差しが差し込む暖かいリビング。気持ちよさそうにぐっすり眠っている永琉。もう少し寝かせておいてあげようと十和は思った。
ブランケットを永琉にかけて、自分がここにいては邪魔だろうと十和は私室に向かった。
二時間ほどたつと外が薄暗くなり、そろそろ起こして帰らせないとと思いながら十和がリビングに向かったとき、リビングの戸口に立っている一真に気づいた。
一真は十和に気づかず、戸口に寄り掛かってじっとしていた。
「一真、お帰りなさい」
「……ただいま」
ビクッと体を振るわせたものの一真の声はいつも通り冷静なものだった。しかし、目を戻せていなかった。
息子があんな風に情熱的に女性を見る大人に成長していたことに十和は驚くと同時に、息子の叶わぬ恋を知ってしまったことへの気まずさがあった。
「疲れているようだから……」
「暗くなるから、タクシーを呼べば?」
「飲んでないんでしょ? 送っていってあげたら?」
「……馬鹿を言うなよ」
応えるまでの一拍の間にあったのは未練。永琉に求愛する資格はないと一真も分かっていたのだ。
「埃っぽいから、風呂入ってくる」
何でもない振りをして、未練を断つように風呂場に向かった一真。その姿にふと、いまの一真ならば喜んで永琉さんを娶るだろうと……このとき十和の頭に悪い考えが浮かんだ。
愛琉に瑕疵があったらどうなる?
梅宮家は永琉を一真の嫁にするしかない。高松家は永琉を嫁として欲しい。真っ先に思ったのは『高松家のため』。息子の恋を応援する気持ちを言い訳にした、高松家のための判断だった十和は自嘲する。
(人間として酷い話ね)
良心が残っていたようで、いつもの十和ならすぐに調査会社に依頼して愛琉の瑕疵を探しただろうに躊躇してしまった。遅かった。このときのことを、もっと早く依頼していればと十和は後悔している。
永琉を襲った男は愛琉が関係をもっていた男だった。
犯人が振り下ろした花瓶を、防御本能であれなんであれ咄嗟に永琉がよけられたからケガですんだが、永琉は死んでいたかもしれなかった。
犯人の動機は心中。男は本気で愛琉に惚れ込み、愛琉を殺して結婚を阻止し、のちに自分も死のうとしていた。
(事前に知っていれば、どちらも止められたかもしれないのに)
◇
結婚式の3日前、愛琉が関係をもっていた男の妻が白梅庵に乗り込んできた。
彼女は茶道の柳川流の跡取りの嫁で、彼女はその日の朝に突然姑から「息子の愛人が妊娠したから息子と別れろ」と言われたのだった。
その『息子の愛人』が愛琉だったのだが、愛琉は男と会うとき『梅宮永琉』と名乗っていたため、その妻が平手打ちしたのは永琉の頬だった。
その情報は瞬く間にSNSで拡散された。
妻と愛人の諍いは他人にとってはいい娯楽であるし、白梅庵も柳川流も知名度がある。
身に覚えがない永琉はそれを当然否定し、事態の収集を収拾するため関係者が集められた。柳川流の家元もきて、永琉に対して「浮気は褒められたことではないが、跡取りを妊娠した女性に対して責任をとる」と言った。
柳川流とも付き合いのある十和には家元の考えがわかる。彼女は『梅宮永琉』だからそんなことを言った。彼女は永琉の逃げ道を塞ぐべく野次馬と、傷害事件ときいて駆けつけた警官たちのいる場でそんな宣言をしたのだが、それが彼女の首を絞める原因になった。
警察の進言で当事者として家元の息子・柳川壮一が呼ばれ、『梅宮永琉』が永琉でないことが判明。永琉に似ているけれど別人、しかも永琉の保険証を使って『梅宮永琉』で産婦人科を受診したとなれば愛琉しかいない。
永琉は愛琉と両親、そして梅宮の分家である橘家の当主を呼んだ。
調整役として橘当主を選んだのは流石だと十和は思っている。柳川家は白梅庵のお得意様。高松家だけでなく柳川家にも筋を通しつつ、白梅庵を守れる対応をしなければいけないから。
話し合いの結果、永琉は愛琉の代わりに高松家の嫁になることに決まったが、愛琉のほうは柳川家の嫁にとは直ぐにはならなかった。
この事態に白梅庵の従業員2名が愛琉と関係をもっていたことを告白。愛琉の腹の子の父親が誰か分からなかった。
(柳川家から壮一さんと愛琉さんの結婚式の招待状がきていたわね)
愛琉の腹の子は柳川壮一の子どもと確認された。嫁に子ができないことを元々不満に思っていたこともあるが、白梅庵で言ったことの責任をとって嫁として迎えなくてはならなくなったのだろうと十和は思っている。




