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左の永琉、右の愛琉|連載版  作者: 酔夫人(旧:綴)


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第4話 「永琉さん、アンパンは好きかい?」

一真が松花堂の社長になることを了承したため、伸二の仕事が大幅に減った。


そして周りの対応も変わった。


いままで通りの時間に出社すると秘書を筆頭に周囲から『もう来たのか』という顔をされるようになった。居た堪れなくて朝の出社時間を遅らせたら、今度は十和と永琉、さらには家政婦の長嶋美優紀にまで『まだいるのね』という顔をされるようになった。


―― 趣味を見つけろ。


身の置き場がないことを愚痴った友人の答え。頼りになる彼は毎日のことだから散歩を趣味にするといいとアドバイスもくれたのだったが――。



「こんなに靴を並べてどうしたの?」


伸二が持っている靴を全て玄関に並べていたら、一真に断捨離を始めたのかと言われた。最近の一真からかけられる言葉を振り返れった伸二はそろそろ遺言を用意しておこうと決めた。


「散歩にいい靴がない」

「散歩?」


「散歩を趣味にするため散歩をはじめようと思う」

「卵が先か、鶏が先かみたいだな」


そのとき一真は特に興味なさそうだったが、翌日一真宛てに通販で彼の足のサイズの運動靴が届いた。これが世に言うツンデレかと友人にSNSで尋ねたら、「口きいているんだからツンじゃない」と言われた。友人の子どもは娘二人、彼女たちとの仲が伸二は気になった。



「この靴、お義父様のだったのですね。一真さんの靴かと思いました」


真っ白な新しい運動靴は玄関で思いっきり浮いた。毎朝そこを掃除する永琉がこの運動靴に気づかないわけがなく、自分には若者過ぎるデザインだろうかと少々気恥ずかしくなった。



「男から仕事を取ると何もなくなってね」

「まあ。お祖父様も同じようなことを言って趣味探しをしていましたわ」


梅宮の先代当主のことが話に出てきて驚き、伸二が永琉を見るとそこにいるのは『永流』だった。『永琉』は懐かしそうな、親しみのある目を伸二に向けていた。


何がキッカケか分からないが、彼女が自分に祖父を重ねていることが伸二には分かったから――。



「“帰りにお土産を買ってあげよう”」


かつて永琉と松花堂にくるたびに、梅宮の先代当主が永琉にそう言っていたことを、それに永琉が喜んでいたことを伸二は思い出した。『永琉』の瞳の懐かしそうな光が増す。



「パンがいいです。美味しいアンパン」

「……分かった、アンパンだね」


愛琉はあんこが嫌いだから、この答えは『永琉』のもの。


愛琉にあれが欲しいと強請られたことはたくさんあったが、永琉に何かを強請られたのは初めてで伸二は嬉しかった。



こうして朝と夕方の散歩が伸二の日課になった。最近では都内の散歩スポットをネットで調べ、いいなと思ったらそこに行ったりもしている。



「それって『散歩』なの? ウォーキングのレベルじゃないか?」

「一真の父親なのね、一真も一つのことに執着するとしつこくてしつこくて」


何かに嵌るとかなり凝るタイプだと一真には呆れられ、執着性のある凝り性だと十和に言われた。


どちらも褒められている感じはしなかったが、家族らしいやり取りな気がしたので伸二は文句を言わなかった。文句を言ったら薄氷の上に成り立っている家族の形が崩れてしまいそうだった。





「離縁を持ち出されてからのほうが家族のようですよ」


散歩で顔を合わせることが増えたのをキッカケに友人になった男に伸二は最近のことを話していた。


彼はこの街で一番大きい寺の住職。これまでも寄り合いなどで顔を合わせては挨拶はしていたが、『友人』として話すとまた違い、なかなか面白い男だった。



「離縁と絶縁は全く違う言葉で、絶縁は心が閉ざされ未来への繋がりを断つこと、一方で離縁は縁が少し乱れて離れてしまっただけで修復の可能性が残っています」


修復したいのだろうかと自問して、そうなのだと肯定する。どこまで修復したいのかと考えて、再び悩む。



「離縁を申し出るということは、縁が乱れていることを相手に教えると同時に、修復に向けて考え直すためのときを与えるともいえるのでしょう」


縁を結ぶも切るも人の心という友人との時間はまるで道徳の授業を受けているようだ。それが嫌でもなく無駄とも思わないのだから、自分の心にも何かしら変化が起きているのだろうと伸二は思った。



「前向きに考えれば『修復しましょう』と言われたようなもので、これは子どもがいる夫婦には多いと言えます。子はかすがいとはよく言ったものですね」


その子どもが結婚して一人前になったから離縁を申し出られたわけだが、逆を言えば子どもがいたからここまで離縁の申し出もなかったのだと伸二は考えを改めた。しかも、ここにきてもまだ『申し出』ですんでいるのだろう。



話に夢中になっていると二キロ、三キロはあっという間。


一真の言う通りそろそろ『ウォーキング』と名称を改めるべきかと伸二は悩んだが、友人は伸二に必要なのは『散歩』だと言った。


「どちらも歩くことを楽しむ活動ですが、目的と意識が違います。高松さんに必要なのは健康増進のための運動ではなく、心のリラックスや感性を育む時間だと私は思いますよ」


孫が生まれたら奥さんと一緒に長生きのためにウォーキングをすればいいと言われ、子が鎹なら孫は何だろうかと伸二は考えた。


道徳といえば小学生向けの強化のイメージだったが、大人になってもこうして学ぶことが多いのだから道徳は奥が深い学問だと思った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。次回は9月26日(金)20時に更新します。

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