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第一章⑦

 ヴェルシアナがベッドのそばの椅子に腰をかけ、マルグリッドがドアの側でその様子を見守る。カイゼルスがマルグリッドにも退出するよう怒鳴るが、王の体調を知るのも王妃の務めと一蹴する。カイゼルスとヴェルシアナを二人きりにさせたら、夫が何をするか火を見るより明らかだからだろう。


「まずご自身が感じる症状をお教えいただけますか?」


 体のあちらこちらをヴェルシアナが診ると思っていたのか、高揚した様子で腕を広げていたカイゼルスはつまらなさそうに頬杖をついた。


「症状…そうだな。疲れやすくなった」


「疲れ…でございますか?」


「あぁ。一日中女を抱いてても平気だったんだが最近は休憩を挟まないと体が持たん」


 口を尖らせる男の言葉を紙に書きとめる。次々にカイゼルスが口にする症状というより不満に近い言葉を書きとめていく。


 傷の治りが遅い。腰が痛くなりそれが治らない。咳をすると苦しい。歯が痛い。


 ヴェルシアナはカイゼルスの訴えに首を傾げる。病気という病気の症状ではない。人間が生きていく上で味わう虫歯の痛みや老化による症状としか思えないことを、まるで異常だと言わんばかりに訴えている。


「このような症状はいつ頃から?」


「…そうだな…一年前くらいからか?」


 あっ、とカイゼルスが思い出したように言う。


「そういやあいつが死んでからか」


「陛下」


 マルグリッドが制するように言葉をかける。そんなマルグリッドに舌打ちをし、ちらりと続きの間の方に目を向けた後、王はそっぽを向いた。しんと居心地の悪い空気が流れる。夫婦仲は最悪のようだ。


 そんな二人の様子から、紙に目を向ける。カイゼルスの言葉には違和感が多かった。体を動かす行動をすれば疲れるのは誰もが経験し、当たり前として受け入れていることのはずだ。だが彼にはあり得ないことのようだった。これは一年前の『あいつ』と呼ばれる人物の死と、何か関係があるのかもしれない。だがどうやら易々と聞けることではないようだ。


 致し方ない、とヴェルシアナは紙とペンを置いた。


「では血の方も診せていただいてよろしいでしょうか?」


「血ぃ?」


 カイゼルスが驚いて声をあげると、豪快に笑い出した。


「そうかそうか吸血姫だもんな!いいぜ存分に食らいつきな!」


 カイゼルスが首を傾けてヴェルシアナに見せつける。ヴェルシアナが面食らったように一瞬固まったが、すぐに笑みを浮かべる。


「そのような不敬は致しませんわ」


 飾りのついた長細い小箱から銀のスプーンと小さな針を取り出しながら、ヴェルシアナは許可を得てからカイゼルスの指の腹を針で突いた。にじんだ地をスプーンにとると、口をつける。


 その瞬間洪水のようにカイゼルスの記憶が流れ込んできた。

 


 六十代だというのに、(かーっ!うめぇ!)まるで二十代の(もっと脂の)若者のように(滴る肉を)大量の(持ってこい!)食事と酒を(かわいいな)口にしている。(お前たちは。)疲れが(順番に)取れない(可愛がって)せいか(やるぜ。)ほとんどベッドの中で(辛気臭ぇあんな)過ごして(女より)いるようだ。(若くてニコニコした)多くの女性と(女といる方が)遊び、(いい。)不摂生な生活を(おかしい。)送っているのが(女と遊ぶのに)見てとれた。(こんな疲れるなんて)



 ヴェルシアナが目を開く。これがヴェルシアナ一族の不思議な能力の一つだ。血を舐めることでその者の記憶を垣間見ることができる。


 ただし、四ヶ月前までの記憶しか見れない。研究の結果、体内の血はおおよそ四ヶ月ほどで全てが新しいものと入れ替わるようにできているらしい。血に残された記憶を読み取るこの能力は誰にも告げていない。血を舐めれば本人がひた隠しにしたい気持ちまでつまびらかにしてしまう。それは脅威にもなるだろう。だが病を治療する上で、大事なことを話さない人間というのは実は多いものなのだ。



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