第一章⑥
陽の光が真上にさす頃、付き人に日傘をさしてもらいながらヴェルシアナは王宮に参上した。
「ヴェルシアナ様ですね。どうぞこちらに」
初老の男が案内をしに姿を見せた。どうやらヴェルシアナだけを案内したいようだ。
「この者は人形ですので、どうぞこのままここに」
ドアの側に立ち微動だにしない付き人は、長い時を生きるヴェルシアナたち一族の召使として作られた魔術人形だった。ヴェルシアナの声にのみ反応し、用がなければその場に彫刻のようにたたずむ。
人間と見間違うほどよくできた人形に、案内の男が驚いて釘付けになっているのを笑顔でうながす。
つれて行かれた客間には、既にマルグリッドが待っていた。
「昨日の今日でごめんなさいね。少し…時を争うものなの」
「お気になさらずに」
笑顔でヴェルシアナは答えるが、相変わらずマルグリッドの表情はぴくりとも動かなかった。
人払いをし、王妃と二人だけの部屋で失礼のない範囲で彼女を観察した。
エルフェリオのような青年の母親とは思えないくらい若々しかった。伏目がちな表情さえ一種の魅力と見せれるほど美しい王妃が、重々しく口を開いた。
「つかぬことを聞くけれど…あなた…ご結婚は?」
今まで生きてきて何度も聞かれた質問だった。そして何度も答えてきた言葉を紡ぐ。
「いいえ」
その答えにマルグリッドはためらいのような仕草を見せた。その様子を意外に思う。人々は否定の言葉を聞くや否や、求婚や結婚適齢期の青年の紹介の言葉が続くのが常だったのだ。
「だとしたら…少々…刺激の強いものをお見せしてしまうことになるわ…。どうか許してちょうだいね」
初めてマルグリッドの表情に感情がにじんでいるのを見た。それは苦しみに似た怒りのようにヴェルシアナには感じられた。
「実は…王の病状を診て欲しいの」
「国王陛下の…」
体調を崩しているという話は聞いていたが、王族なら専属の医師がいるはずだ。どういうことかと考えていたら、マルグリッドがその思いを読んでくれた。
「もちろん宮廷医師がいるわ。ただ…何をしても回復しなくてお手上げのようなの」
王の病状を他人に知られては国家の存続を考える上であまりにも得策とは言えない。だがヴェルシアナはどこの国にも肩入れせず、それでいて医学の知識がある。マルグリッドは藁にもすがる思いだったのかもしれない。
「わたくしでよければ」
ヴェルシアナの言葉にマルグリッドは立ち上がると自ら王の元へと案内し始めた。
国王の寝室の前に立つとヴェルシアナを振り返った。その目は覚悟しろ、と言っているようだ。よほどひどい病状なのだろうか。
今まで生きてきて見た目が悪化する病に冒された人々を幾度と見てきた。痛みで苦しみ悲痛な声を上げる痛ましい姿もあった。それでも人は生きたいと願っていた。どんな姿であろうと生きる望みを持つ者の声を受け止めようと、ヴェルシアナも覚悟を決めて頷き返した。
「陛下失礼いたします」
マルグリッドのが声をかけてドアを開けると女性の声が聞こえた。これはどう聞いても嬌声だ。
天蓋付きのベッドの中に人影が見える。カーテンでぼんやりとしか分からないが女性がいるようだ。
「何の用だ?」
荒い息遣いで男が答えた。
「ヴェルシアナ嬢をお連れしました」
マルグリッドが今まで聞いたことがないくらい淡々と言葉を口にする。まるでひんやりとした氷のような口調だ。
「おぉ!吸血姫か!ちょっと待ってろ」
そしてしばらくベッドの軋む音と嬌声を聞かされる。これはどういうことかと呆気にとられつつ、マルグリッドの顔をチラリと覗き見るが、全く感情のない顔をしていた。妻の前でこの王は何をしているのかと、ヴェルシアナは答えの出ない問いに頭を悩ませていた。
「待たせたな」
カーテンが勢いよく開けられる。そこには初老にしては若々しく見える男と、その男の孫娘と言っても信じてしまいそうなくらい若い娘が生まれたままの姿でシーツの中で睦まじく寄り添っていた。
「お初にお目にかかります。ヴェルシアナ・ノルティアと申します」
「おぉ!想像より美しいな!」
辞儀をするヴェルシアナを上から下まで何回か往復してじっくりと見ると男は舌なめずりをした。
「国王のカイゼルス陛下です」
マルグリッドが再びひんやりとする声で男の紹介をした。カイゼルスはマルグリッドを見るとこれみよがしに舌打ちをする。
「これより王の診察です。下がりなさい」
ベッドの中にいる女性にマルグリッドが告げると、不満そうな表情を浮かべた。
「終わったらまた可愛がってやるよ」
カイゼルスがそういうと女性に熱いキスをした。女性もうっとりしながらそのキスに応える。
マルグリッドに誇らしげな笑みを向けると、女性はつづきの部屋に姿を消した。
「では診させていただきます」