第一章⑤
「明日、ご予定はあるかしら?」
「王妃様のお気に召すまま」
「…では太陽が真上に来る頃ご足労いただけるかしら?」
「馳せ参じます」
ヴェルシアナが頭を下げて応えると、マルグリッドはエルフェリオを連れて去っていく。去り際小さく振り返りエルフェリオがそっと微笑んだ。ヴェルシアナも小さく微笑み返すと、彼は満足そうに前を向いて姿を消した。
「ヴェルシアナ様!」
ルミエットの声に振り返ると、わっと令嬢が集まってきた。
「どのようなお話をしたのか、伺ってもよろしいかしら?」
「もしかしてエルフェリオ殿下との婚約!?」
「そうなんですの!?」
興奮で言葉遣いの乱れる令嬢たちの勢いに一瞬気圧されたが、高い声で楽しそうに詰め寄ってくる彼女たちが、まるで餌をねだる小鳥にように思えて思わず小さく笑みがこぼれた。
「残念だけど、そんなお話はなかったわ。初めてお目文字させていただいたから、自己紹介をしただけよ」
ヴェルシアナの答えに、がっかりと言わんばかりの声を上げる令嬢たち。若い女性の感情表現の素直さははっきりしていて気持ちがいいくらいだ。
「じゃあエルディす殿下のお話とかなさいました?」
「…エルディス殿下?」
初めて聞く名前に聞き返すと、小鳥のように賑やかだった令嬢たちが口をつぐみ、互いに目配せをし始めた。誰が話すべきか目で相談しているようだった。
「ヴェルシアナ様はこの国にいらしてどのくらいになります?」
口を開いたのはルミエットだった。
ヴェルシアナは様々な国を渡り歩いている。気に入れば長い時を過ごすが、ある提案をされた時はその国を去る、というルールを自分に課していた。
それは王族に求婚をされた時だ。
長い時を生きるヴェルシアナの一族の血を欲するものは多い。故に彼女を手に入れようとするものは数知れない。強制的に手篭めにしようとする卑劣な者もいたが、ヴェルシアナはそう簡単に誰かのものにされる程弱くはなかった。
時が経つにつれ、暴力的な支配を悪とする風潮となり、求婚という順番を踏んでヴェルシアナを迎えようとする男性が増えたことは、良い傾向だった。にっこりと微笑んで卒なくいなせるのは大変ありがたい。
だがやはり地域差や民族差はあった。監禁まがいの扱いを受けた国を出て、ここアルドール国にやってきたのは一年か二年前だった気がする。ヴェル井アナにとって時間はあまり大事ではないので、もしかしたらもっと前だったかもしれないが、とりあえずこの国に来たのは二年前ということにしておいた。
「その間におうわさなど聞き及びではなかったのですね…。エルディス殿下はエルフェリオ殿下の双子の弟ですわ」
「まぁ…」
双子だというのに、このパーティーにも姿を見せない。ルミエットの言葉に続いて、令嬢たちがエルディスにまつわる噂話をいろいろ話してくれた。
エルフェリオと比較して出来が悪い、兄の足を引っ張る無能な王子、王族の恥、王城の地下で怪しい儀式をしている、人前に現れないのは兄と違って醜悪だから、などなど。耳心地の良い噂は皆無だった。
優秀な兄の出涸らし、と揶揄されるエルディスは長いこと人前に姿を見せていないらしい。
不死身と聞くアルドール刻の王族は、姿を見せない弟も含め、何かを隠しているようだ。
それももしかしたら、明日再び王宮に足を運ぶことで何かがわかるかもしれない。
短い命を長らえさせるために、人は様々な工夫をする。それはヴェルシアナにとってとても新鮮で興味深い行動だった。
明日を少し待ち遠しく感じながら、令嬢たちと楽しい時を過ごした。