第一章③
自分と同じ年頃だった者たちが老化し死んでいく姿を見送ってきた彼女は、なぜ自分は老いもせず、死にもしないのかと悩んでいた。短命な人々は、不老不死の自分を羨んでいたが、ヴェルシアナ自身は、死のある人々の方が羨ましく見えていた。
ある時期彼女は死ぬための方法を模索した。毒をあおり、己を傷つけもした。だが毒の耐性がつき、傷は瞬時に治るため、何をしても死ぬことは叶わなかった。
唯一太陽の光のみが彼女を死に近づけた。父も母も同じように長命だが、あまり陽の下に出ない生活をしていた。ヴェルシアナ自身も、陽の光はなんとなく好みではない、と言う感覚があった。
ある日一日中太陽の下で過ごしてみることにした。陽の光を浴びている間、とても気分が悪くなり、肌が火傷をしたように赤くなった。ひどい頭痛や吐き気、意識が朦朧とし始め、これが死に際の感覚かと理解しようやく死ねると思い始めた頃、日が沈み症状は回復した。
日の長い国や日差しの強い国で試しても、死ぬことは叶わなかった。
死を諦めかけていた彼女は何の因果か自分が試した死に方で苦しんでいる人を助けることがあった。
命の短い人々は、ヴェルシアナに涙をこぼして感謝をした。その姿を見て、ヴェルシアナは生きると言うことは喜ばしいことなのだと知った。生きているのか死んでいるのかわからない生活を送ってきた彼女は、やがて生き生きとする有限の命を持つ人々に目を向けるようになった。そうすることで、自分も生きているのだと実感できる気がしたからだ。
だがその実感はまだ味わえずにいた。日々は灰色で空虚なもののように見えていた。目の前の令嬢たちは、この世界をどれほど鮮やかに見ているのだろうと思いを馳せる。
「エルフェリお殿下のおなりでございます」
ホールに響く声にヴェルシアナが顔を上げると、階段を降りてくる青年の姿が目に入った。
光にキラキラと輝く金髪に、晴れ渡る青空のような青い瞳。整った顔代をしたエルフェリオは、優雅な足取りで踊り場に立つと口を開いた。
「エルフェリオ・アルドール。西の大蛇を討伐し無事帰還いたしました」
拍手と歓声が上がる。周りに倣って拍手をするヴェルシアナに、ルミエットがこっそりと耳打ちをしてきた。
「エルフェリオ様は遠征に出て一度も怪我をして帰ってきたことがないそうですよ」
「かすり傷ひとつもなく…?」
「そのようです。本当にお強いのでしょうね」
ルミエットがうっとりした顔でエルフェリオを見上げる。人々に応えるように手を上げて微笑む彼を、ヴェルシアナはじっと見つめた。
剣を握る手にしてはあまりにも綺麗すぎた。話では今日の昼に帰ってきたそうだが、戦いや長い乗馬の疲れも見受けられないほど、正気に溢れた青年だった。