第一章②
令嬢たちと一通り挨拶を済ませると、ルミエットが不思議そうに訊ねてきた。
「ヴェルシアナ様珍しいですね。このようなパーティーにいらっしゃるなんて」
「…王家からの招待は流石に断れませんわ」
「やっぱりあの噂は本当なのかしら?」
「エルフェリオ様の婚約者探し?」
扇で高揚する気持ちを隠しつつ、令嬢たちが声を上げる。そんな姿を微笑ましく思い、ヴェルシアナが微笑むと、令嬢たちは彼女の妖艶の滲む微笑みを見て、顔を赤くした。
「でもヴェルシアナ様に敵う女性なんていませんわ」
「きっと王太子様がお見初めになるのは、ヴェルシアナ様でしょうね」
残念な気持ちを抱きつつ、でもそれは当然だと言わんばかりに令嬢たちが目を輝かせてヴェルシアナを見つめた。まるで歴史的瞬間に立ち会えるのを喜んでいるようだ。
「わたくしはこれから花開く皆様の方が若い王子とお似合いになると思いますけど」
ヴェルシアナは見た目は若く、花も恥じらう年頃に見えるが、もう何百年と生きていて自分の年がいくつなのかはもう失念してしまっている。令嬢たちのように若くエネルギーに満ち、小さなことにも心躍らせる姿は、ヴェルシアナにとってとても愛らしく魅力的に見えていた。
ヴェルシアナの言葉に顔を赤らめて令嬢たちが喜ぶ。
「もしかしたら王家は、ヴェルシアナ様の知識をお求めなのでは?」
ルミエットが誇らしげに言うと、令嬢の中に首を傾げる者もいた。
「あらあなたご存知ないの?ヴェルシアナ様はお医者様でいらっしゃるのよ」
「まぁ!存じ上げず申し訳ございません」
ルミエットの言葉にヴェルシアナ自身も驚いて身を見開いた。
「わたくしも初耳ですわ」
「まぁヴェルシアナ様ったら!症状を見て薬や心得を教えてくださるそのお姿を、医者と呼ばずになんとお呼びしたら良いのかしら!」
ルミエットが気持ちいいほどにからからと笑った。
「私、少し前までひどい肌荒れをしていたの。だけどヴェルシアナ様に相談をしてから、見てよこの肌!」
自分の顔を突き出すように令嬢たちに見せるルミエットの肌は、確かに荒れていた痕もなく、まさに玉のような肌をしていた。
「それはルミエット嬢の努力の結果よ」
「いいえ!ヴェルシアナ様の言うとおりにしたら治ったんですよ!」
「ど…どんなことをしましたの?」
「私にも教えてくださいな!」
身を乗り出す年頃の令嬢たちの肌を見ると肌荒れが散見された。彼女たちの輝く瞳を見て、くすりと笑う。
ヴェルシアナには時間がたくさんあるが、彼女たちの若さは有限だ。今をより輝かす方法があるのなら、それは喉から手が出てもおかしくないのだろう。彼女たちの生気あふれる姿を眩しく思う。
「では後日、きちんと診ましょうか?」
「ぜひお願いします!」
令嬢たちの声が重なる。そんな期待に満ちた彼女たちに「ただし」とヴェルシアナが人差し指を立てて一言付け加えた。
「今日からお菓子を少し控えましょうね」
その言葉に令嬢たちの目が泳いだ。その様子から、肌荒れの原因の一つは、甘い甘いお菓子が絡んでいるというヴェルシアナの予想は当たっていたようだ。
「そうね。いつもの半分程度に抑えましょうか」
「えぇっ!?」
悲しみに満ちた非難の声が上がる。その様子に苦笑をもらした。大したことないことで、まるで生死が問われたかのようにおろおろとする令嬢たちの姿が、ヴェルシアナの瞳には愛らしく見えつつも、遠い昔に置いてきた感覚すぎて理解が追いつかなかった。
ヴェルシアナには多くの知識があった。人々を蝕む病も数多く見てきたし、戦争による怪我人も大勢見てきた。人はどうしたら死ぬのか、と言うことを彼女は今生きている人々の中で誰よりも理解していた。
なぜなら彼女は死にたかったからだ。