第4話
俺は今、ムーちゃんの指導の元、木の棒で素振りを行っている。
上段に構えた所からの振り下ろし。下段から跳ね上げるように棒を振り上げる。真横から水平に棒を薙ぎ払う。納刀からの抜刀。
木の棒に、納刀も抜刀も無いとは思うのだが文句を言ったら練習メニューが増えるので、黙々と続けている。
棒を振り回していると、草むらの中に何かが見え隠れしているのに気が付いた。
良く見ると、ゼリーのような丸い物体がプルプルと震えている。
「ムーちゃん。あそこに見えるのは、スライム?」
『丁度良いから倒しましょう』
おいおい、いきなり実戦なのか。
ファンタジー的には有名な魔物だけど、どんな動きをするのかもわからないのに戦うのか。
まぁ。2時間も素振りを続けて飽きてたので、丁度良いと言えば、丁度良い。
俺はスライムに気付かれないように、ソーッと近付いて行く。
あと、3メートル・・・2メートル・・・1メーッ!!
木の棒の間合いに入る寸前で、スライムが俺に飛び掛かって来た。
俺は体をネジってスライムを避ける。スライムが地面に着地して再び俺に飛び上がろうとした所を、思いっきり踏み潰してやった。
グニュッと嫌な感触が足に伝わり、次の瞬間スライムは細かい光の粒になって消えた。
『2時間の訓練の成果が全く有りません。次のスライムを倒しましょう』
勝てるには勝てたけど、2時間も木の棒を振り続けた成果は全く無かった。
俺はその後、次々とスライムを屠った。
踏み潰したり、蹴飛ばしたりと、1撃で倒す事が出来た。
訓練で使っていた木の棒?は、いつの間にか無くなっていた。ブッチャケ、途中から持ち歩くのが面倒になって捨てた。
『レベルが上がりました。【鑑定】を取得しました』
スライムを十数匹踏み潰した所で、ムーちゃんから言われた。
【鑑定】と言えば、ファンタジーの王道だ。これが有れば初見の魔物への対応も出来るように成るし、街に行けば仕事には困らないだろう。
夢が膨らむなぁ!
『なに、ニヤニヤしてるんですか?次のスライムを倒して下さい』
鬼軍曹には、俺の気持ちは理解出来ないようだ。
俺はその後も、次々とスライムを踏み潰した。俺が気付かなかっただけで、家の周りの草原には相当な数のスライムが隠れていた。
☆★☆
『森を出る準備をします』
スライム掃討作戦の翌日、ムーちゃんが言って来た。
森を出るのは賛成だよ。でも、俺が倒せるのはスライムだけだ。どう考えても森を無事に出れるとは思えない。
それに移動中は野宿をするのか?寝袋とか持って無いよ。
食料だってどうするの?全部背負って移動するなんて不可能だ。
『それでは、“私物を全部収納”と念じて下さい』
え?何それ??
念じるって、思うだけで良いのか?
それより、収納って何? 俺にはそんな能力は無いだろ?知らない内に覚えたのか?
そう言えば、【鑑定】を取得した時は俺自身全く気が付かなかったので、ムーちゃんに教えて貰ったんだよなぁ。この世界ではスキルを取得しても自分では気づかないのが普通なのだろうか?
俺は本当に【収納】を取得してるのだろうか?試しに収納してみよう。
「私物を全部収納」
次の瞬間、俺の家が消えた。
『次は“収納物確認”と念じて下さい』
いやいや、チョット待って。【収納】なんて、ファンタジーでは最強のチートスキルだよ。こんな簡単に使えて良いのか?
このスキルを使ったら、悪い事だってヤリタイ放題だぞ。
物語で言ったら主人公クラスが持つようなスキルだ。俺が取得して良いスキルなのか?
でも、ムーちゃんは“地球の常識で判断するな”と言ってたから、もしかしたら異世界では珍しいスキルでは無いのかもな。この辺は街に行ってから調査が必要かもしれない。
『早く確認して下さい』
・・・、鬼軍曹には俺の感動は理解出来ないようだ。
「収納物確認」
すると何やらスクリーンみたいな物が目の前に現れた。そこには、自宅一式と表示されていた。
これで野宿する必要が無くなったのか。ついでに、荷物を持ち歩く必要も無い訳だ。街までの移動が現実的になったぞ。
『移動するのであたしが示した方向へ走り続けて下さい』
「ちょっと待ってくれ、ムーちゃん。何時まで走る予定なの?」
『あたしが良いと言うまでです』
なにこれ?イジメなの?ゴールが見えないマラソンなんて、どんなペースで走れば良いんだよ。
直線でも街まで80キロメートルあるんだろ?そんなに走らせる気なのか?
森には魔物だっているんだ。強い魔物が出てきたらどうするんだ?俺はスライムしか倒した事が無いんだぞ。
「もし、魔物に襲われたらどうしたら良い?」
『倒して下さい』
「・・・」
☆★☆
森に入って直ぐに気が付いたけど、どうやらこの辺りは虫系の魔物が多いようだ。
一番多いのは全長40センチのトンボだ。真っ直ぐに俺に向かって突っ込んで来るから割と倒しやすい。
次に多いのは直径30センチのダンゴムシだ。丸まって俺に突っ込んで来るから蹴り飛ばしやすい。
殆どの虫は、殴ったり、蹴ったりするだけで光の粒になって消えていく。
問題はエンカウント率が異常に高い事だ。5秒走ったら攻撃されるので、立ち止って迎撃。これの繰り返しだ。
「ムーちゃん、出発から何時間経った?」
『まだ3時間です』
「進んだ距離は?」
『約500メートルです』
マジかぁ。全然進んでない!
「ムーちゃん、こんなペースで進んでいて大丈夫なのか?」
『大丈夫では有りませんが、あと1キロメートルで一段落します』
そうなのか。それは良かった。こんなに虫が襲って来る状況では夜も眠れないと思ってた。
あと1キロメートルなら急げば5時間で着けそうだ。日が落ちる前に安心して眠れる場所まで移動しよう。
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・地名とは一切関係が無い訳が無い。