9.感情は、いつだって自分の中から生み出される。
ニセコ湯本温泉大湯沼
「すごいな、湯気がすごい」
「貴方、会話へたくそね。湯気がすごいことなんて見ればわかるでしょ」
温泉を見ながら、二人でそんな会話をする。悪党というのは会話がへたくそな人間が鳴るものなのかもしれない。
「俺にしても歩いたな。もう日が沈みかかってるぞ」
「夕方だと車どおりも人通りも多いから、もうちょっと日が沈んてから行動したいわね」
「つっても休める場所なんてなさそうだぞ」
「ここら辺はどこも私有地だからね。万が一人に見つかっても」
「初めまして!お姉さん、お兄さん!」
いきなり話しかけられ、俺達は身構える。声がしたほうに視線を落とすと小さな少女がそこにいた。
白いワンピースに赤いリボンをしているその少女は俺達に屈託のない笑顔を向けてくる。俺は少し安心すると、少女に話しかける。
「初めまして、お嬢さん」
そう笑顔で少女に言うと、少女は嬉しそうに笑顔を返してきた。
「罠の可能性もあるわ、気をつけて」
そんなこと言われなくともわかっている。だが、警察は今は有楽町に潜伏していると思っているはずだ。この状態でニセコにいるとばれたらまずい。
それにこの少女を殺すにしても、行方不明扱いになりすぐ捜索が行われてしまう。どっちにしても、この少女を無視したら終わりだ。
「お兄さんたちは、どうしてここにいるの?」
「俺達は旅行に来たんだ。ここの温泉が見たくてね。だけど、宿を取り忘れてしまっていてね。今から街に戻って宿を探そうと思っているんだ」
当たり障りなく、怪しい人物に見えないように返答する。
少女は笑顔になると、俺の手をつかんだ。
「だったらね!近くに私の家の宿があるの!!泊めてあげるよ!」
少女に手を引かれる。
「ちょっと、どうするの」
「連れていかれるしかないだろ。今通報されたら俺達は終わりだぞ」
「ねーはやくー!!」
少女に手を引かれ、俺達は宿へと連れていかれた。
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「...はーあ、すごいなこれ」
少女が言う宿は、それはもうたいそう立派な宿だった。
まず、かなり年季が入ってそうなのに、小ぎれいで、広い。
これが高級旅館というものだろうか。正直身震いがする。
「あら、どうしたの。そんなにビビッて」
「俺には合わない世界すぎてな。これが高級旅館ってこんな感じなのか」
俺達が唖然としていると、少女が扉を開ける。
「お兄さんたち、こっちこっち!」
「...入ってもいいのだろうか」
「いいでしょ、私たちもう不法侵入以上の犯罪してるし」
熊谷は気にせずに旅館に入っていく。俺は、ビビりながらも入ってみた。
中を見て、俺は唖然とした。所々に紅葉のようなオブジェが飾られており、京都の動画で見たようなロビーが広がっていた。
「すごいビビってるわね。大丈夫?」
「...俺は修学旅行にも行ってないからな。こういう場は初めてだ。びびる」
「お兄ちゃん大丈夫?すっごい汗かいてる?うちはね!露天風呂もあるから、入ってきていいよ!」
少女が何かを指している。指をさした方を見てみると、そこには露天風呂と掛かれた看板が立っていた。
「...あら、紅葉ちゃん。その人たちはどうしたの?」
カウンターらしきところから、浴衣を着たおばあちゃんが顔を出した。
少女は彼女の顔を見た瞬間、笑顔になって駆けだした。
「あのね!この人たちね!帰れなくて困ってたから連れてきたの!」
女将らしき女性と少女がはなしている。孫とおばあちゃんだろうか。
少女は叱られているようでしょんぼりしている。
「微笑ましい光景だね」
熊谷が少女を見ながらそう言った。
俺も2人を見ていた。妹がまだ生きていたら、こう言う光景も見れたのだろうか。
「でも、この2人も殺すんでしょ?」
彼女が突拍子もなくそう聞いてきた。そうだ、俺は日本人を全員殺すためにこうやって行動している。
この2人もいつかは殺すんだ。
「あぁ、そうだな」
「この2人は何にも悪いことしてないのよね、殺さないほうがいいんじゃない?」
「何を言う。殺すさ、いつかな」
「へぇー、なんで?」
「こいつらは確かに善人なんだろうな、慎ましく暮らしていたのだろう。だがな、おばあちゃんの若い頃はどうだったんだろうな。少女が成長したら?誰かを踏み躙らない保証があるか?俺は日本人を信頼していない。だから殺す。それだけだ」
「へぇー、じゃ今殺しちゃう?」
熊谷は背中の銃を少し持ち上げる。俺はただ、首を横に振った。
「今殺す必要もないだろ。温泉入りたいし」
「あんた時折何考えてるかわからないわよね」
「それはお前もだろ」
そんな会話をしていると、少女がこちらに手を振ってくる。交渉が終わったようだ。
「本当に娘が申し訳ございませんでした。わたくし、女将の斉と申します」
少女を叱っていた女将がそう俺たちにお辞儀をきながら自己紹介を行う。俺はお辞儀を返し、
「いえいえ、こちらこそ。東京から来ました川崎 營と申します」
そう偽名を名乗って返した。熊谷は俺の意図を察したようで、一歩前に出ると俺の横でお辞儀をし
「ご丁寧にありがとうございます。私は川崎 智枝と申します」
そうお辞儀し、名乗った。俺は少し熊谷を睨みつけた。
「これはこれはご丁寧に、娘が大変ご迷惑をおかけしました。皆様も大変でしょう。よろしければ今日はこの宿に止まっていってください。代金は結構ですので」
女将はそう続けた。女将は横目でちらっと少女の方に視線を送った。少女はその視線にビクッと肩が動く。
「通報されるかしら」
「いや、あれはお叱りの視線だろ。めちゃくちゃビビってるし」
そんなことを小声で話していると、女将さんは奥のカウンターから鍵を持ってきて渡してくれた。
「こちら客室の鍵でございます。こちらの部屋をお使いください。お部屋の中には露天風呂がありますので、よろしければお二人でごゆっくりお楽しみください」
…もしや夫婦に間違えられているのか、不名誉だ。
「一緒に入る?私は構わないけど」
「冗談は説明だけにしてくれ」
俺は女将から鍵を受け取った。
「部屋までご案内いたしましょうか?」
そう女将が言う。俺は首を横に振ろうとしたが、その瞬間に少女が手を上げた。
「はいはーい!私が案内するよ!」
そう元気よくいっぱい旅館に響き渡る声でいうと、女将は少し咳払いをした。
「真白、お客さんに無茶を言わないの」
「えー!でもでも!みんなで行ったほうが楽しいよ!お願い!」
少女は俺の方に手のひらを合わせてお願いしてくる。どうしようと悩んでいると、熊谷が少し考え
「じゃあお願いしようかな?真白ちゃん」
「わーい!ありがとうお姉ちゃん!こっちだよー!」
熊谷がそう言った瞬間に、少女が部屋へと走り出す。俺たちは少女の後を追いかける。
少女の方を駆け足で追いかける熊谷に俺は違和感を覚えた。
「おい、熊谷どうしたんだいきなり」
こいつはさっきまで、少女と会話をしようとしなかった。それが名前を聞いた瞬間、話しかけるようになった。
何かに気がついたのか?
そんなことを考える俺を無視し、熊谷は少女の隣へと並ぶ。
「元気いっぱいだね。真白ちゃん」
「うん!だって私、ニセコシスターズの一員だもん!人の手助けをたくさんするんだ」
…ニセコシスターズ、なんだそれ
「へぇー、なぜかシスターズって?」
「ニセコシスターズはね!この街のヒーローなの!神様の力を使って!化け物から私たちを守ってくれるんだ」
「…なんだと?」
神様、やっつける。化け物から、俺はその単語を聞いて、自分の力を思い出す。
「凄いね!ニセコシスターズ、神様に選ばれた存在なんだね」
熊谷は似合わない笑顔で少女に優しく問いかけた。
少女は嬉しそうに、笑顔を浮かべる。
「うん!みんなすごい人なの!私も神様から”きゅうじん”をもらえるように頑張ってるんだ!」
…そうか、あいつが焦った理由がわかった。
神様、ヒーロー、ニセコシスターズ、求人。
俺たちと同じ、神の器官を手に入れた人間。
「あっ!着いたよ!ここが2人の客室だよ!」
だが、そいつらはヒーローと呼ばれている。つまり
「俺たちの敵」
少女が客室の扉をゆっくり開ける。
新たな物語が、始まった。
第1章 ニセコシスターズ




