57.Q.なぜ人を殺してはいけないと言っているのに、言葉で殺すのは許されるのですか?
人をずっと見てきた。
ずっとだ、本当にずっと。
ある日のことだ。私は学校に行くためにバスに乗っていた。
いつもと変わらない日だった。本を読みながら、満員になったバスを眺める。
そんな普通の日。
そんな中、足の弱ったおばあさんが、一生懸命にバスの中を立っていた。
よれよれで今にも倒れそうなおばあさん、だけど誰も譲ろうとしない。
そもそも気が付いていなかったのだろう。皆、
だけど、おばあさんの遠くに座っていた少年が、スッと立ち上がり、おばあさんに駆け寄った。
「おばあさん、よければ席に座ってください」
少年は、おばあさんに席を譲ったのだ。私はなんて視野が広くて素晴らしい人なのだろうと、そう思った。
終電に着き、バスを降り、そのまま地下鉄の入り口に向かった。
ふと、前を見ると、少年が同じ方向を歩いていた。どうやら少年も地下鉄に乗るようだ。
なんてこともなく、ただ心の中でぐっちょぶ!なんて思っていた。
地下におり、改札口を通り、乗車口の目の前までやってきた。
少年も同じ方向の電車に乗るようだ。もしかしたら、同じ学校かもしれない。いや、そんなことないか、制服違うし。
そんなことと思ってると、到着のアナウンスが鳴り響く、大きな音とともに、電車がやってきた。その時だった。
少年が、線路の中に飛び降りた。
電車は急停止できず、少年の体をぐちゃぐちゃにしていく。一瞬だけ見えた電車の先頭車には、血液がべたりとついていた。
顔に何かが当たる。放心状態で拭ってみると、赤い肉片のようなものだった。
ただ、放心状態で電車を見ていた。地下鉄の逆方向にいた人間は、まるでパレードを見るように携帯を持って集まってくる。
なぜ、なのだろうか。
なぜ、遠くにいるおばあさんを見つけて、その人に席を譲れるそんな優しい彼が自殺をしたのだろうか。
「勘弁してくれよ。遅刻しちまうよ」
黙れ。
「人身事故だって、やばくね?写真撮ろ」
撮るな。
「人の迷惑考えない奴だな。本当に」
なぜ、今死んだ人間にそんなことを言える。
何故だ。何故
あれからずっと、人を見ている。
考え続けている。
きっと、私も彼に同じことをしていたのだろう。と
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「...」
ただ、死体を見ていた。山積みになった死体は全員が警察官の格好をしていた。この街は小さい田舎のはず。なのに、なぜこんなに警察官が集まっている?
いや、原因は一つ。この田舎にこんなに警官が来る理由なんて一つしかない。
「...クトゥルフが復活した」
そう考えるのが、妥当。だけど、なぜ私に情報が来ない?
「...いや、そっか。私、役立たずだもんね」
ずっと、この3年間、誰かに迷惑をかけてきた。村の人からは避けられて、仲間はみんなちゃんと就職してて、そりゃ私には頼られないよね。
「それでも、クトゥルフが現れたなら動かなくちゃ」
これでも、英雄と言われている人だ。誰に求められてなくても、私がみんなを守るんだ。
「っといっても、何も情報がないんだよね...」
今あるのは、ここにある警察官の死体と、あの子たちのこと。
「ここにいたし、関係ないわけじゃないだろうけど。多分、あの子たちは人を沢山殺している子たちだ」
あの冷たい目に、死体を見ても動じない顔。何があったらあんなふうになってしまうのだろうか。
「とりあえず、似顔絵を描いてみんなに聞き込みー...って今の私に協力してくれるわけないか」
...いや、一人だけ協力してくる人がいる。とりあえず電話を
「つながらない?」
電話をかけたはずだ。だけど、つながらない。通話中とかに流れるはずの音すら流れず、電話をかけたはずなのにひたすら無音だ。
「なんで、まさか何かあったんじゃ!」
でも、どこにいるの?化け物が現れたなんて、情報入ってこなかった。
警察官がどこにいるかもわからない。どうすれば、
「...はは、私一人だと何もできないんだな」
...体を動かしたい。クトゥルフを倒さなきゃ、って頭ではわかっている。でも、体が動かない。まるで何かに縛り付けられたように、ただ動かない。
どうして、私、みんなを守ろうとしたんだっけ、沢山の人に邪険にされて、ずっと惨めな思いをして、それなのになんで守らなきゃいけないんだっけ。
「...助けて、光希」
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「はぁ、はぁ...」
何とか戦線を離脱し、木に寄り掛かり休憩する。湊先輩はけがをした部分に消毒液をどばどばかけていた。
「それで治るんですか?」
「いや、治らないだろう。でもまあ一応な」
「桃はどこにいるんですか?」
「知らない。きっと今頃、新しい職探しでもしてるだろうな」
「教えてないんですか!?なんで!」
「...今のあいつにはこの状況は知らせたくない」
「世界の危機かもしれないんですよ!?みんなで協力しな」
「光希がいなくなってから、あいつは笑顔を見せなくなった」
...光希
「それからあいつの人生は無茶苦茶だ。世界を守った英雄だってのに、今じゃ街の厄介者だよ。本当に嫌になる。それでも、あいつならまた世界を救おうとするだろうな」
「...」
「この街の人間を俺は全員さっさと死ねと思っている。それくらい桃にしたあの言動は許せない。知ってるか?桃は今、PTSDとボーダーラインパーソナリティ症を患っている。PTSDは光希が死んだ後に発症、ボーダーラインパーソナリティ症は大切にした街の人々に邪険にされたショックからだ。
俺はな、正直光希の墓場さえなければ、この街をさっさと焼き払っている。それくらい憎い、桃を邪険に扱ったこの街が憎い。
それでも、光希ならこの街を守ろうとする。光希はどんなに邪険にされようと、それでも街を守るはずだ。
だから戦う。だけど、桃には絶対に戦わせない。これ以上、あいつの精神を壊させるわけにはいかない」
...ずっと、知らなかった。桃がそんな状態になっていたなんて、いや、そんな顔を見せない状態が、大切な人がいない状態が、桃をこんなに追い詰めたんだろう。これは、私のせいでもある。
「わかった。でも、ほかの警察と連絡を取りたい。今どれくらい残っているかを確認しなければ、、、」
「どうした、何があった」
...今街に派遣された警察官のGPSを確認する。警察官は全員一つの場所にとどまっていた。動かず、ただ海辺に。
「...こちら、G1。応答せよ。おい誰かいないのか!おい!」
無線の先から、音がしない。誰も何も答えなかった。
「...全員殺されたのか?」
外側で黒い獣が暴れているのは聞いていた。だけど、こんな全員が死ぬなんて、ありえるのか。
その時だった。無線に音が入る。二人で安堵し、無線のほうへ耳を傾ける。
「...ごめん、私は警察官じゃない。でも、敵でもない。私は、桃。教えて、今街ははいったいどうなっているの?」
その声は、一番頼もしい声で、そして、一番聞きたくない人の声だった。




