37.間話2-魔女と元魔法使い-
「...」
潜伏というものは暇なもの。
限られた物資を使い、ただじっと待つ。私が選択したことだけど、悲しいほどに無意義だ。
今まで暇な時間は少なかった。学生時代は暇があればテニスの練習をしていたし、学校の友達を遊んでいた。
高校を卒業した後も、ずっと忙しい日々で暇などなかった。
だからこそ、こういう無の時間に何をしたらいいかわからない。
買い出しついでに本を買ってきてほしいとお願いした方がよかったかもしれない。
「ねえー暇だー何か話してー」
唯一、一緒に潜伏している女子高生が声をかけてきた。この子、世界観少し特殊だから苦手。
「...私たちは自己紹介もしていないでしょ。それに大虐殺をした後、なのになんでそんなに気さくに話せるのよ」
「今まで奴隷扱いで何もさせてもらえなかったんだもん。それに大虐殺に参加したし、もう怖いものなんてないー」
「...心が死んでるのね」
「生き返ったんだよー。それでなんか話して」
...そう、私たちは沢山の人を殺した。それは許されないことだ。
沢山の人が黒い沼に落とされ、カラスに食べられて死ぬ。これほどの残酷な所業をよく考えられる。私ではなかったら発狂して死んでいる。
と思ってたのに、今はそれが平気な人が2人もいる。世界は広いとは言うが、本当に広いな。
「話をしてほしいと願う前に自分から話すものよ。こういう時は、それが礼儀」
「えー...仕方ないなぁ」
ソファに転がっていた彼女が体を起こす。そういえば彼女の名前をまだ聞いていなかったな。
「わたしはね、昔ある宗教に所属していたの」
「...」
まあ、あとでもいいか。
「親が参加していて、その経由でいわゆる宗教二世ね」
「へぇ、大変ね」
「まあその宗教っていわゆるカルト教団で、わたし犯されそうになったんだけどねー」
「...本当に大変ね」
「それでねー、犯されそうになった時、丁度警察が入ってきて教祖様もろとも取り押さえられた。その時の母親の言葉ですべてを理解したの。この人は母親失格の人だったんだなーって。
何が正しいかも分からなくって、どうすればいいかわからなくって、私は母親から、教祖から警察からも逃げた。
それからは大変だったなー。未成年だったから指名手配とかはされなかったけどもうどっきどきでー。しかも今まで宗教団体にいたから常識とかわからない。でも何とか生きてた。ゴミ捨て場のパンを食べて、水たまりの水を飲んだ。盗みもした。船に潜伏したりもしてね。
そして北海道にたどり着いた」
「...なんというか、大変だったわね」
「いいんだよ。ここまでは序の口、北海道の札幌辺りにいたときに、ある人に私、捕まっちゃったの」
彼女の顔がこわばる。どうやら、ここが彼女のトラウマ部分のようだ。
「そして、研究所のような場所に連れていかれて、薬物とか変な音とかそういう実験をされて、その時が一番痛かった。
いつもは自殺しないように白いクッションが敷き詰められた部屋に閉じ込められて、首を絞めようとしたら煙で眠らされて、ただ孤独だった。
クソみたいな扱いを受けて、自殺をしようとしつづけたせいで織の中に移動されて、でも織の中は鉄の冷たさが伝わって生きてるって感じがしてさ。
それが救いになっちゃったの。それで自殺をやめた。でもただ眠り続けた。
そうしてたら精神が安定したって判断したのか。美月の奴隷として抜擢されて、今に至るって感じ。信じられないかな?」
「いや、信じるわよ。そう言う組織がたくさんあるのは知ってるからね。大変だったね。何て言わないわよ」
「それでいいよ。わたしは自由であればいいんだから。風を感じて、太陽を浴びれればいい。行きたい場所に行って、そしておいしいものを食べられれば、まあそれが叶わないことがわかってしまったから、こんなことやらかしたんだけどねー」
「...このままじゃおいしいものが食べられないから?」
「そう、学校にいる間、待機の時はむやみに動いたら機械で電流を流されたからねーほとんど図書館にいたの。それで知った。日本の財政状況や社会問題、私はソフトクリームを食べるのが好き、街のパンケーキやラーメンを食べたりするのも好き、でもこのままじゃ散歩している最中に見る町中華すら、高級店になってしまう未来が来る。ニセコを見ていて、そう思ったの。だから、わたしはこっちについた。おいしいものを食べ続けるために、今の日本を破壊する必要があるって」
「...へぇ、それでこっちに来たんだ。彼の思想にこたえて」
「そう、それに祟り神をあんな状態にした人間なら、私についた首輪も解いてくれるんじゃないかって思って」
「残念だけど、彼に自由であることを期待するのは間違いよ。彼は復讐に縛られている」
「知っている。でも、復讐で人を殺せるって、それで平気な顔ができるって心が自由な証拠だと思うの。自由な発想の戦闘スタイル、他者に縛られず、自分を高められる。きっと彼が復讐を終えたら、世界で一番自由な男になる。だからわたしは着いてきた。自由に生きるために」
「...彼の復讐が終わることはないわ。それに彼が自由になることなんてない。」
「それでも、わたしは自由に彼についていくわ。それを選択できるのも自由だもの。自由に善悪はない。善悪に縛られることが一番不自由だから」
...こいつはいかれている。いやいかれてしまったのだろう。彼女の人生に自由はなかった。宗教に縛られ、飢餓に縛られ、悪に縛られた彼女は、自由であることを謳歌している。
彼女のことを誰が責められるのだろうか。彼女を救わなかった私たちに、何が言えるだろうか。
でもね、それは間違っている。貴方の母親と同じ末路を辿ろうとしている。
でもそれを言ってしまったら、多分すべてが台無しになる。
だから私は、貴方を利用させてもらう。悲劇的で無慈悲で純粋な悪の貴方を私のために利用する。
でも、それでも、
「さあ、お姉さんの番だよー。何か話」
「私の名前は熊谷彩」
「?どうしたのいきなり」
「自己紹介してなかったでしょ。私の名前、貴方の名前を教えて頂戴、そしたら話をしてあげるわ」
私が覚えていられるように、私が後悔するために、彼女の名前を聞こう。
私が利用した人間を忘れないために。
「...青空彼方、よろしくね。お姉さん」




