30.それは、自分の醜さを向き合うための物語
青い魔法少女。いや、美月は一瞬何が起こったのかわからない顔をした。
黒い鬼は美月を飲み込んだかと思うと、まるで幽霊のようにすり抜けた。
美月は唖然とした顔のまま。視線を黒い鬼に向けていた。だが、彼女は自由落下していく体に耐えられず。
下、あの町の惨状を見てしまった。
「...ああぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
彼女は、発狂した。まるで何が起こっているかわからない顔をして、いや彼女には記憶があったはずだ。この惨状はもう見ているはずなのだ。
だが、発狂した。そして、口からげろを吐き出したかと思えば、目を開けたまま気絶した。
「美月ちゃん!」
赤い魔法少女は加速し、彼女を抱きかかえる。少し落下していくが、すんでのところでつかむことができた。
「美月ちゃん!美月ちゃん!」
赤い魔法少女は呼びかける。だが、美月は目を覚まさなかった。まるで死んでいるように、呼吸も不規則になっている。
彼女は、完全に発狂してしまったのだ。
「ごめんね、火月」
上空から、彼女が声をかけてくる。彼方だ。彼女をこの状態にした。彼方。
赤い魔法少女はかおをこわばらせ、拳を血が出るくらい握り締めた。
彼女は、上空から二人を見ていた。
「...シェアブライド、彼方から花束を」
「いいのか?彼方はお前の能力で空中を飛んでいる状態なんだぞ。能力を解除したら死ぬぞ」
少女ははっと我に返り神の器官を引っ込める。
「...なんで、彼方。なんでこんなこと」
「・・・カムイ、もう一つ切ってほしいものがある」
彼方は赤い魔法少女を無視し、体育館の上にいる俺に話しかけた。
「言ってみろ」
「...」
彼女は無言で首を見せる。何かのチップがそこには存在していた。チップが首に埋め込まれている。
「はぁ、なるほどな。事情は分かった」
俺はネクサスを使い首の部分を斬ると、チップは体を落下していった。
「なんで!答えてよ、彼方!」
「わたし、その子の奴隷だったの。首にチップを埋め込まれて、裏切るようなら電撃を流されて殺される。そういう存在」
「...な、何を言って」
「お前は本当に餓鬼だな。こんなことを言ったってことは事実は一つだけだ。お前が仲間だと思っていたのは、奴隷とご主人様だったってだけだ。事実を受け入れろ」
「...じゃあ、3人で過ごしてきたのも嘘だったの?彼方はずっと苦しかったの?」
「そんなことないよ。火月といるのは楽しかった」
「なら!なんで能力について噓を言ってたの!悪い記憶を消すんじゃなくて、すべての記憶を消せる能力だったって!」
「...嘘は言ってないよ。私の能力は嫌な記憶を消す能力」
「...え?じゃあ、なんで美月は」
「単純な話だ」
俺は話に割って入る。こいつは本当に餓鬼だ。人間を何もわかっていない。
「人間はな、トラウマを嫌悪する。トラウマなんてないほうがいい、消えてしまえとな。お前もそう思っていたから、街の人間から記憶を消していたんだろう?だがな、違うんだよ。トラウマこそ人を成長させる一番の要因なんだ。トラウマがあるからこそ。それを乗り越えるからこそ人は強くなる。
迫害された人間がトラウマを乗り越えることで人にやさしくなれるように
災害を受けた人間がトラウマを乗り越え、困っている人を助けられるように
いじめを受けた人間が、トラウマを乗り越え、いじめを受けている人間に手を差し伸べられるように
それこそは人の成長なんだ。
人はトラウマを乗り越えることで成長する。人が言う意思とはそういうものなんだ。
だからこそ、そこにいる女は、今まで乗り越えてきたトラウマを消され、スタートラインに戻されたから発狂して死にかけているんだ」
「...美月ちゃんはそんなに弱くない」
「だろうな、それはつらい経験を沢山してきたからだろう?それを消されたんだぜ。化け物への立ち向かい方も、暗闇の進み方も、誰かが死んだ悲しみも、そいつが乗り越えてきたものをそいつは持ち合わせていない。
お前もそうなんだろう?赤い魔法少女」
「...やめて」
「だが、お前はいじめられた恐怖は乗り越えていないようだな。おかしいな。足李から聞いた話と違う。お前が本当に強いなら、それすら乗り越えて憎しみすら飲み込める強い女になっているはずだ。
だが、お前は今もただの餓鬼だ。目を背けたな?他人の醜さから」
「...お願い」
「お前を突き動かしている感情は、別の感情だ。ほかの醜い感情、自分の中にある醜い感情だ。ああ、わかった」
「やめてよ!!」
「お前を突き動かしている感情は、他者を迫害した記憶か」
それを聞いた瞬間、絶望した表情をこちらに向けてきた。彼方はそれをただ見つめている。
「そうか、お前が足李に執着する理由がわかったぞ。お前、足李を虐めていた人間の一人だったのか」
「あぁ...」
「ずっと遊んでいた男友達、自分を虐めていた人間から守ってくれた唯一の味方。そんな人間を、お前は虐めていたんだ」
「違う...」
「ああ、そうか違うよな。お前は虐められていることを知っていて、それを放置していたんだもんな。そりゃぁ!いじめじゃないよな!無視するだけだもんな。助けないだけだもんな。お前は目を背けたんだ。お前が虐められたくないから。それから目を背けたんだ!傑作だ。それで救いたいだと?お前のせいでこうなったようなもんなのに」
「...」
「その女はいくつものトラウマを乗り越えて、強くなった。他者を奴隷にするほどに、だが今のお前はどうだ?トラウマから、誰も傷つけられない。だが、向き合うこともしない。
自らの醜い記憶から目をそらし、魔法少女で正義の味方ごっこだ。何が助けに来ただ、ばかばかしい。
お前にできることは、そこにいるお前と同じくらい醜いやつらと一緒に巨大なカラスに食われて、足李の人生のために死んでやることだけだ。
くだらない。おい彼方、こいつどうする。ちゃんと助けてくれたからな。
選ばせてやるよ。お前に」
「...殺してあげて、この子を」
彼方の言葉を聞き、俺は赤い魔法少女に猟銃を向けた。散弾銃ではない。単発銃を
「まあ、よかったじゃないか。今まで人の醜さとも、自分の醜さとも向き合えていなかったお前が、初めてそれと向き合えたんだから」
「...全部、お前のせいだ。殺してやる」
「はは、それでいい。だがな、気をつけろよ。お前の中から生み出されたその憎しみは、原因は俺かもしれないが、生み出したのは自分自身だ。
お前の醜さだ。お前がそう考えたんだ。足李を迫害したときのようにな。
足李のせいではない。お前の醜さがお前の中の感情が、足李を迫害したり、俺を殺そうと考えたんだ。
お前の中にある嫌悪や、怖れという感情は、自分の中で完結させるべき事象なんだよ。人に向けることなくな。
それが、しっかりしている大人のしていることだ。
だからお前も他者に押し付けずに自分の中で完結させることだな。地獄に行ってから」
俺は、そう言ってから引き金を引いた。銃弾は発射される。その銃弾は赤い魔法少女の格好をした餓鬼の顔面を撃ちぬく。
はずだった。
「...やっべぇ、本当にぶるぶる震えちまう」
銃を持っていた女がそこに立っていた。
サブマシンガンを二丁手に持ち、腰にもう二丁をしている。狂った顔をしていたはずだが、今はこちらを見て恐れている。
見覚えがある。そうか、この女もいたか。
「立て、オレの妹だろ」
「...紅か」
そこに立っていたのは、秋葉紅だった。彼女が片手に持っていたサブマシンガンが撃ちだされた弾を防いでいた。
「お前とまた会うとはな」
「オレは二度とお前とは会いたくなかったよ。だが、妹の危機だからな」
...そうか、火月はじゃなく名前だったのか。秋葉火月...なるほど、そう考えると違和感がない。
「火月!立て!そして逃げろ!こいつは本物の悪だ!」
「...ごめんおねえちゃん、それでも行かなきゃいけないところがあるの」
ゆっくりと美月を地面に寝させ、こちらに向かいなおす。
こちらを見つめる眼からは憎しみの感情が強く感じられた。
「...そうかよ。ならついてこい!」
そう言って、紅は俺のほうへと向かってきた。
戦いが再び始まる。




