19.俺達は、この物語の主要人物ではない。
暗い部屋に、女性がたたずんでいた。
暗い暗い部屋で、ろうそくを二つ灯し。ただひたすらに祈っていた。
「...」
女性は祈る。
神に、
「曰く」
神は見ることはできず。
「曰く」
人は知ることができず。
「曰く」
神は、認識することはできない。
これは神話である。北海道という島は異質な島だ。
「曰く、人の願いに共鳴して。神は誕生する。そして、自分に定められた願いを多くの人が願うほどに。神は成長する」
だからこそ、神話の時代。黄泉津大神は現世に顕現できなかった。
生きたいという願いが、岩を伝い強い力を生み出した。
だが、今イザナギは力を失っている。
多くのものの死を願う心、そして誰かを踏みにじろうとする負の感情が。
生を司るイザナギを蝕んでいた。
「...早くしなければ」
早く、今の普通と言われている狂人たちを皆殺しにしなければならない。
じゃなければ、この世界は、多くの幸運を願う人すら皆殺しにされる。
これは、選別だ。悲しいが、選別しなければならない。
でなければ、人類が滅亡してしまう。
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「おはよう、早かったわね」
「こんな場所で寝れるわけねぇだろ」
「それで、なんか進展あった?」
「お前に言われたことは全部調べておいた」
熊谷と軽口を言い合う。俺は機能使えなかった銃の点検を行い、準備を整える。
「まず魔法少女の能力だが、全部は分からんかった。というか一人を除いて、絶対に知ることはできんだろうな」
「へぇー...どうして」
「忘れ神っていうやつの力で、魔法少女の記憶消してるんだよ。大まかにな。ただ全部忘れちまったら危機感もなくなるから。魔法少女が守ってくれるから家に避難しておこう位の危機感は持てるようにしてる。街の状況はこんな感じか」
「で、その忘れ神さんのことどうやって知ったの」
「それが次につながる。魔法少女と敵対している奴に遭遇したぞ」
「...え?」
「単純な話だ。俺が祟り神に遭遇し殺したら因縁つけられたから拷問した。それで情報を聞き出した」
「そんな偶然あり得るの...というか信用できるの?その情報」
「あれにあったことないからそう言えるんだ。あいつに嘘をつける頭はない。善人で馬鹿で差別対象者、それがそいつだ」
あいつは、すべて善意で祟り神を放っていたのだろう。だから厄介なのだ。
善意で人を害する馬鹿、ただ自分が認められるために動く人間。
それは、余裕がある社会なら重宝されていただろう。多分いい飲み友達とかにならなれる。だが、ここの町との相性は最悪だ。
「それで、今日は俺は少し出かけてくる」
「いや、ちょっと待ちなさい。祟り神の能力は」
「能力は肉体強化と怒りの感情での固定だ。だが憤怒どいうほどでもない。
ただむかむかする。そんな感じらしい。コントロールしようと思えばできるだろうな人間なら」
「・・・そう、それでどうする気?これから」
「・・・とりあえず、鳥でも見に行ってくるよ」
「そう、でも気をつけなさい。物語はもう始まっているわ」
「はぁ?何言ってんだ?」
熊谷は、姿勢を正す。
「この街での私たちは、いきなり来た悪党でしかないわ。この街の主役は魔法少女で悪役は祟り神。そういう物語の中に私たちは立っている。でも忘れないで。私たちは、この物語の主要人物ではない。だから私たちが介入したら。この街のバランスが大きく崩れてしまうわ」
「...ははっ!まじかそりゃ楽しみだな!」
「貴方、いったい何をやらかす気?」
「決まってるだろ」
俺がやるべきことなど、一つしかない。
「この街の住人を皆殺しにする。」
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少女は街を歩く。少女は高校をさぼっていた。ニセコは田舎である。
転校してきた彼女は瞬く間にサボり魔だという噂を広げられ、今では彼女が街を徘徊するのは当たり前になっていた。もちろんまだ怒ってくれる人はいるが。
「とりさーん」
少女は鳥に会いに来ていた。彼女は鳥が好きだった。この街の鳥はかわいくてたまらない。少女はアオサギからコルリ、スズメからカラスまですべての鳥が好きだった。
今日も彼女は鳥を見に畑まで走っている。とそこにある人影が見える。
少女がはじめて、恐怖を覚えた存在。
「・・・お、こんにちは」
記者の人だった。
「こんにちはー」
少女は、この人を恐れていた。募金活動を友達としていたとき。
彼女はこの男に出会った。少女はこの男を見た瞬間。初めて恐怖を感じた。
少女は、男の中に激しく燃え盛る黒い炎を見た。
憤怒。彼は心の底から私たちを見て憤怒していた。
「ここら辺の鳥たちはたくさん種類がいていいね。ただその分カラスも多い。結構農作物に影響を及ぼしそうだ」
「でも、カラスさんは生きてるだけだよー」
男は、こちらを見て少し微笑む。少女は感じていた。まだ燃え盛る彼の中の黒い炎を、この男は少女を認識する前すら憤怒している。
この世全てに怒っているのだ。
「...お兄さんはー鳥さん好き?」
「...ああ、好きだよ」
「ならーなんでそんなに怒ってるのー?」
少女は男にそう質問した。男は驚いた表情をしたがすぐに表情を戻した。
「...人のあり方が許せないからだよ。だから、この畑も街も嫌いだ」
男はそう言った。男の裏にある神様の気配をどうにかして少女は探ろうとしていた。男は何かをする気であった。
とんでもない何かを、だからこそ。男と戦うためのヒントを手に入れなければならないと。直感で感じていた。
「ははっ、こんな感情。しまえたらいいんだろうけどな」
「消してあげようかー?記憶」
少女は男にそう言った。少女の予想では、苦笑いされて返されるか。きょとんとされるだろうと考えていた。
だが、男から放たれた覇気が、怒りがこの場の空気を重くした。
黒い炎は激しさを増し、少女は冷や汗をかきながら一歩下がる。
「...殺すぞ。クソガキ」
それは、男から聞いたことのないくらいどすのきいた声であった。
恐怖が場を包む。今まで優雅に鳴いていた鳥たちが鳴くのをやめ、一斉に飛び立った。
「この苦痛も、憎しみも。悲しみも俺のものなんだ。誰にも渡さない。お前、俺から怒りを奪おうってのか?」
男はこちらに歩みを進める。男が一歩、また一歩進むごとに少女も一歩ずつ下がっている。
やばい、直感がそういっていた。この空気を変えなければならない。でなければ、少女は問答無用で殺されるだろう。
少女は、男の発言を思い出していた。
「・・・魔法少女を探してるんでしょ?」
男の歩みが止まる。男は少女をただにらみつけている。
「私が、魔法少女だよ」
それは苦し紛れの言葉、だが変わらない事実。
男は、驚いていた。だが、知らなかったなどの驚きではない。
魔法少女なのは知っていて、なぜ私がそれを打ち明けたかわからない。そう言いたげな顔だった。
「私を取材していいよ」
辺りが静寂に包まれる。男と少女は多々立ち尽くしていた。