46話・【最終話】たとえ、あの子が私たちのことを忘れてしまったとしても
「外見じゃないわ。中身よ。生き方が不器用と言うか、何というか……。そうね、一人で何でもしようと頑張りすぎてしまうところとか?」
「……それはきみも同じだと思う」
「そうね。それは認めるわ。でも、そんなあなただから惹かれたのよ」
不服そうにいうクロスの腕に、メーラは自分の腕を絡めた。
「彼はこの先どうなるかしらね?」
「さあな」
「出来ることなら……」
その先は口には出来なかった。それは自分達の勝手な希望でしかないからだ。彼についてすでに処分が下った。今後の生き方については彼の自由だ。記憶を失い、何もかも失った彼にそれを告げるのを躊躇い、保護してしまったが、そろそろどうしたいか聞いても良い頃だろう。
「あの子はどうしているかしらね?」
「元気にやっているさ」
「どうして分かるの?」
「俺ときみの子だ。躓いても起き上がる力はある」
二人が見上げた先の灰色の空から一部、隙間が見えた。青い空が顔を覗かせる。日が差してきて空を覆っていた厚い雲は脇に寄せられたようだ。日は照り出したが、小雨はまだ続いていた。
「たとえ、あの子が私たちのことを忘れてしまったとしても……」
「今の俺たちに出来ることは、見守ることだけだ」
──わたしの可愛い娘……。
メーラはどうか力強く生きて。と、祈った。何よりも大事な娘。側に置いておくことは出来なかったけれど、毎日あの子のことを思わない日はない。あの日の娘の笑顔を思い浮かべるだけで胸が疼く。
許してとは言えない。恨まれても当然のことをした。しなくてもいい不幸を負わせた。しかも、あのような形で別れるしかなかったのだ。娘はどれだけ深い傷を心に負ったことだろう。父親を深く慕っていたあの子から、その大好きな父親を取り上げる形となってしまった。
事情を知る者には、不幸な事故だと言われたが、娘は何も知らない。権力者に飼われている身としては、娘に会い真相を告げる気になれなかった。娘に会うことを禁止されているわけではないが、事情を知れば娘もこちら側の者になってしまう。
そう考えたところで皮肉なものを感じた。自分は記憶のないノヴァにこちら側の人間にならないかと勧誘する気でいたのだ。実の娘を引き入れるのは躊躇われるのに、彼を仲間に誘うのには抵抗がない。それは何故なのか?
滑稽だ。娘には手を汚すような仕事をして欲しくないと考える一方で、他人なら平気で巻き込める。どれだけ自分勝手な母親なのだろう。
そのような自分が母だと名乗る資格はないのかも知れない。でも、願わずにはいられないのだ。あの子の幸せを。その為なら何にでもなってみせる。たとえ、悪魔に魂を売ろうとも。メーラは決意した顔で告げた。
「さあ、雨が上がったら出発よ」
「ああ」
頼もしい護衛に守られながら、ペガサス歌劇団の座長は前に歩き出した。
◇お知らせです◇
【ヴィジリタス国奇譚】の、第一作目「マーメイド・レイン」を最後までお読みいただきありがとうございます。謎めいた終わり方になっておりましたが、実はこの作品には続編と言うか第二作目があります。それは、「緑青の夢」です。今回の話は湿っぽい話になっておりましたが、二作目は全然違います。からりと仕上がっております。色々と。ノアールとサーラの仲もちょっとずつ進展。3/2(月)7時に投稿開始です。よろしくお願いいたします。




