44話・ノヴァ
「ノヴァ。どうしたの?」
「あ。いえ、何か思い出せそうな気がしたのですが……」
「無理しなくていいのよ」
ノヴァは外に干してあった洗濯物を、急に空が暗くなってきて雨が降りそうだと、取り込むことにした。すると頭の中に何か過る。それが気になって動きを止めれば、座長のメーラに声をかけられた。金髪に青い目をした三十代も半ばの妖艶な美女だ。
ノヴァは一年前に、このペガサス歌劇団に拾われた。彼には記憶がないが、どうも往来で先を急いでいた貴族の馬車に引かれたらしい。それを通りかかったペガサス歌劇団が保護し、街の診療所へ運び込んだが、目覚めた時には記憶を失っていた。
自分がどこの誰だか分からないことへの不安もあり、この先、どうしようかと思っていたら、ペガサス歌劇団の看板女優で座長でもあるメーラが、雑用係として一緒に来ないかと声をかけてくれた。
そのおかげで、ここに置いてもらえているが、一年が過ぎても一向に記憶が戻る様子もなく気持ちが焦るばかりだった。その気持ちを察してか、メーラを始め、劇団員たちは皆、優しく気遣ってくれている。
「一体、僕は誰なのでしょう?」
「自分が誰か分からないことがそんなに不安?」
「はい。僕の見た目からして四十代の小父さんと言うことは分かりますが、家族はいなかったのですかね? 結婚して妻や子がいてもおかしくない年のように思いますが」
「急な病で家族を喪ったのか、もしかしたら……、離婚して独身だったのかもよ」
「離婚ですか?」
「あなたって見た目は良いもの。不貞を働いて、怒った奥さんに離婚を言い渡されていたりしてね」
「それ酷いなぁ」
笑えない冗談だと思いながらも、ノヴァは笑うしかなかった。でも、そのおかげで心の中に沸々と湧いてくる暗い気持ちが霧散した気がした。
歌劇団の方でも街の掲示板や、ギルドを通して行方不明者の届けがないか聞いてもらっているが、ノヴァに関係する情報はないと言われていた。初めのうちは誰かが知り合いだと名乗り出てくるのではないかと、期待して待っていたが、一年も経つと諦めるようになっていた。
「あのさ、ノヴァ。あなたが何者でも私たちにとってあなたは家族であり、仲間なのよ。それでは駄目なの?」
「駄目と言う訳ではありませんが……、このままお世話になり続けていてもいいものか……」
「勿論よ。私たちから離れてどこへ行くと言うの? あなたは見ていて危なっかしいわ。ねぇ、クロス?」
メーラが振り返った先に、体格の良い大男がいた。彼は歌劇団で雇われている護衛で、力持ちで気は優しい。歌劇団の皆に慕われている頼もしい男だ。彼は歌劇団のメーラの恋人でもある。二人はとても仲が良い。側にいるとその仲を当てつけられているような気がして、自分の利き手とは反対側の左隣が気になった。
以前、誰かが自分の隣に並び立っていたような気がしてならない。記憶は戻らないのに、何かが欠落しているような気持ちになる。
「そうだな。図体ばかりでかくて、私たちの息子のような感じだな」
「それはないですよ。クロスさん」
メーラとクロスに挟まれ苦笑した。見た目からいっても、自分は彼らよりはやや年上に思われる。その自分が子供なんておかしいと言おうとしたら、クロスに頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「いいから。素直に甘えておけ」
「……」
クロス達といると、自分が子供になったような錯覚を覚えることがある。実際、彼らには面倒を見てもらっているだけに何も言えない立場にはある。だから息子のようなものと言われても仕方がないようにも思う。




