43話・きみと出会いからやり直したい
拘留されていたフィエロは、解放されることになった。彼の罪状が領民たちの前で明かされ、今まで牢の中の住人となっていたが、その間に陛下の優秀な捜査官たちが、彼に変わって処理をしてくれていたおかげで、領民にはあまり迷惑をかけずに幕引きは出来たと思っている。
フィエロとしては、ネレウスの命を奪ったことや、カルラやシエンが人間になる為に手を貸したことから、死刑になっても仕方ないと覚悟は決めていた。クリュサオルであるノアールが陛下に口利きをしたのか、その結果、領主としての責任能力を疑われて、爵位と財産没収の上、お取り潰しとなるぐらいで済んだ。
親戚や子爵の弟のレチノ男爵はそれでも面白くないようだったが、仕方のないことだと受け止める他ないようだった。
空を見上げれば鬱蒼とした重く垂れこめた雲から、ポツポツと雫が落ちてきた。
「雨か」
サーラと出会った日もこんな日だったなと思い出した。厚い雲に覆われた空の下、彼女と出会った。彼女は陽炎のように儚くて、今にも消えてしまいそうに思えた。幸薄そうな顔をした彼女に一目で心が奪われた。
彼女は自己肯定感が低かった。パサついた銀髪のせいか、自分に自信が持てないようで、宝石のような綺麗な紫色の瞳で、自分は冴えない容姿だからと言い出した時には、馬鹿にされているのかと思ったぐらいだ。
でも、よくよく話を聞いていけば、それには彼女の母親と、仕えているお嬢さまが関係しているのが知れた。二人は彼女を貶めていた。話をしていれば、彼女の性格や人となりなど良く分かる。彼女は悪い子じゃない。
家庭環境に恵まれていない彼女に同情心が湧いた。いつしか彼女を連れてこの国から出ようとまで考えるようになった。彼女を自分の手で幸せにしてあげたかった。
海王の命がなければ、父への復讐なんて考えなければ……、サーラと二人で手を取って、見知らぬ国でひっそりと暮らしていく未来もあったかも知れない。
今としてはどうにもならないこと。自分の計画の遂行の為、サーラを傷つけてまでも、あの男に近づくことに固執してしまった。余裕がなさ過ぎた。そのせいで自分は母や妹、愛する人まで失った。後に残ったのは何もない。
母や妹の行方を捜していた時に、海王から呼び出しを受け向かった先で、嘆きの塔に囚われていた人魚と引き合わせられた。嘆きの塔から逃げ出した人魚は、海王のもとで保護されていたのだ。その人魚から想像もしていなかった父の所業が明らかとなった。
──あれを生かしておいては一族に禍根を残しかねない。
海王は父の処罰を命じてきた。父に対しては物心ついた頃より良い思い出がない。脳裏に蘇るのは母が泣いている姿。いつも母は父の愛人達の存在に泣かされてきた。その父を始末することに抵抗はなかった。セイレーン族のなかでは、問題児でしかない父は早かれ遅かれこうなる運命であったと思う。
でも──。
灰色の空は自分の晴れない心の内を現しているかのようだ。見上げた先から後悔ばかりが落ちてくる。自分には泣く資格などないのに。
──サーラ……。
彼女のことを思い出す度に、ため息ばかりしか出ない。自分が悪いのは分かっている。それでも願わずにいられない。もしも、やり直すことが出来たなら、そしたらきみと出会いからやり直したい。ネレウスの息子ではなく、誰か別の者となってきみと出会い、一から始めることが出来たのなら。
その頃にはきみは誰かと一緒になり、僕を忘れてしまうかもしれないけれど、それでも僕はきみを──。
「わあ、雨だ──」
「待ちなさい。」
目の前の往来に、五歳くらいの男の子が飛び出してきた。元気が良さそうな子だ。その後を母親らしき女性が必死に後を追いかけてくる。そこへ馬車が勢いよく駆けてくるのが見えた。
──危ない!
そう思ったら体が勝手に動いていた。




