40話・フィエロの事情
フィエロには政略結婚で結ばれた両親と、妹がいた。父親は海王の甥ネレウス。セイレーン族は見目麗しい者が多いが、その中でも格別に美しく魅了の力を持っていたネレウスは、多くの異性たちを魅了し、惑わせてきた。多くの愛人がいたらしい。
「僕たちはあの国では、18年前、父に捨てられた家族として嘲笑されるようになっていました。母は当時、身籠っており、僕は幼いうちから王弟である祖父の後を継ぐ者として、後継者教育を受けて育ちました。僕は帰らない父の身を案じて嘆き暮すよりも、海王さまから任されている大公家や領海を守り、家族皆で静かに暮せていければそれで良かった。このまま何事もなければ心優しい許嫁と結婚して、温かい家庭を築いていたことでしょう。ところが婚礼の日が近づくにつれて、領民である人魚達が突然、次々行方不明となり、その原因を探っていた時に、母と妹がいなくなったのです」
それでフィエロは捜索隊を出す許可を、海王に求めたらしいが許されなかった。
「海王さまはこの件に父ネレウスが関与しているのではないかと疑っていました。実は18年前、父は愚かにも海王さまの座を奪おうとし、それが露見して国外追放の身となっていたからです」
多くの人魚を虜にしたネレウスは、海王になり替わろうとして失敗し、秘密裏に国を追われていた。父がいなくなったことで魅了されていた者達は正気に戻ったが、その影響力は大きかったと、彼は語った。
人魚にとって国外追放とは、死に直結する。人魚の国は海王の結界で守られていて、セイレーン族に害する者は入国できないようになっている。そこから国外追放の罰を受けて弾き出されるということは、二度と入国できないと言うことだ。
ネレウスを慕う者達は、国外追放を信じられず、あのネレウスのことだから新しい愛人のもとへ通っているのだ。ネレウスの妻や子供は、ネレウスに飽きられて捨てられたのだと、社交界で噂し、彼らを孤立させた。
海王は魅了の力を持つネレウスを恐れていた。消息不明になった人魚達や、ネレウスの妻や娘までもいなくなったと聞いて、再び彼が海王の座を狙って動き出すのではないかと危惧した。そこに海王の愛娘までもいなくなり、海王はフィエロに命じることにしたらしかった。
フィエロとしては複雑な心境だったようだ。母と妹を捜す為に捜索隊を出して欲しいと懇願した時には却下されたのに、海王の愛娘がいなくなったことで、海王は立場よりも親心を取ったのだから。
「陸に上がった父を捜すには、自分も陸に上がらなくてはなりません。セイレーン族には厳しい掟があります。例えどのような理由があろうとも一度、陸に上がった者は二度と母国には戻れない」
セイレーン族は、神代の時代から根付いてきた一族。誇り高く神の血を引く一族として、他の種族達からも一目置かれている。そのセイレーン族を束ねているのが海王で、海王は海の神とも呼ばれている。海王の言葉は絶対だ。その海王の命とは言え、竜人族の許嫁に婚約破棄をするのは勇気が要ったことだろう。
フィエロが陸に上がると言うことは、国外追放を意味する。そうなると許嫁である従妹に迷惑がかかると思い、彼は自分に非がある形で婚約破棄をしたに違いなかった。
事情を知らない竜人達は怒り、未だに彼のことを快く思っていない。ノアールもこの話を聞かなければ、彼は不実な男だと誤解したままだった。




