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36話・さようなら



 その後ボーモン子爵は、歴代建築物を国への登録もなしに長年、自分勝手に個人所有していたことや、10年前に起きた嘆きの塔での火事を証拠隠滅して葬り去ってきたこと、拉致した者達をそこで労働させていたことなどが問題となり、領主としての責任能力を疑われて、爵位と財産没収の上、お取り潰しとなった。




 兄の子爵のことで不満を抱いていた従弟の男爵や、親族たちは、それらに一切、関わっていなかった事でお取り潰しは免れたが、社交界に顔を出してもボーモン子爵の不評により形見が狭いと聞く。

幸い使用人達には退職金がしっかり払われたようで、その辺はボーモン子爵となっていた彼がちゃんと采配して行ったようだ。彼はこうなることをどこかで予想していたのか、綺麗に後始末をしていたとも聞いた。

 ヴィジリタス国を代表する富豪ボーモン子爵の一大事に、国中の者達は驚き、初めのうちは結構取り沙汰されたが、2か月ほど過ぎると、その話題も飽きられて来たのか段々と収まってきていた。子爵家のことが皆の関心から薄れてきた頃。私は家を出ることになった。



「サーラちゃん。もう行っちゃうのかい?」

「寂しくなるね」



  家の前にシイラ小母さんや、裏の小母さん、近所に住む小父さんや小母さんが集まってきた。


「皆さん、お世話になりました」

「サーラちゃん。身体には気を付けるんだよ」

「王都に行ったらここにはなかなか帰って来られなくなるかも知れないけど、たまには顔を見せにおいで」

「アコダさん達に宜しくね」

「これ持ってお行き。お腹すいたらみんなでお食べ」

「わあ。美味しそうなエッグタルト。ありがとう。シイラ小母さん」



 シイラが目を潤ませて、手提げの編み籠を押し付けてきた。中身は私の好きなエッグタルトだった。ここではエッグタルトは貴重で、祝いの席でしか出ないお菓子だった。それを胸に抱えるとシイラに促された。


「ノアールさん達が待っているんだろう? さあ、お行き」

「小父さん、小母さん。ありがとう」


 ノアールやアコダは、少し離れたところで馬車を止めて私が乗り込むのを待ってくれていた。私が皆とお別れをするのに気を利かせてくれたのだ。馬車の前ではノアールが待っていて、馬車に乗り込むのに手を貸してくれた。御者台にはアコダが乗っている。

 シイラ達は私が乗りこむのを見届けると、「元気でね」と、手を振ってきた。


「良い人たちだな」

「はい。皆、優しくて……、わたしにとってここの小父さんと小母さん達は温かくて、親戚みたいな人達で……」

「出来ればずっとここにいたかったか?」


 何故か言葉が詰まってしまった。私は物心ついた時には母親はいなかったけれど、それでも寂しいと思わなかったのは、祖母や父、そして近所の小父さん、小母さんが色々と気にかけてくれたからだ。大所帯のようにあの辺一体が皆、親切で優しく居心地が良かった。

 


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