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34話・私の本当の母



「チイちゃん……」

「あの頃、私ね。あなたに会う度、ずっと願っていたの。そちら側に行きたいって。あなたといる時間が楽し過ぎて、お別れの時間がたまらなく寂しかった」

「私もよ」


 10年前のシエンと私は、鉄格子を挟んで会っていた。私達の間を冷たい鉄格子が境界線のように阻んでいた。それでも彼女と会う時間は私にとって楽しいもので、彼女から聞く自分の知らない人魚達の住む世界の話は、未知への好奇心を掻き立てわくわくしたものだ。彼女は私の住む陸での人間の暮らしに憧れがあったようだった。



「私達ね、あなたからご両親であるフィロメイラさまや、ジグルドさまを奪ってしまった。その負い目もあったの」

「それは仕方なかったことだと思うわ。でも、私のお母さんは、やはりフィロメイラさまだったの?」


 シエンが力なく微笑み、頷いた。


「でも、あなたのお兄さまも言っていたことだけど、私はボーモン子爵とフィロメイラさまの娘だって……」

「あなたがボーモン子爵と、その妻であるフィロメイラさまの娘と言うのは、生前ボーモン子爵が計画していたことを、兄さんが口にしただけ。クリュサオルが来てしまったから、当人になりきって言ったのでしょうけど……、無理があったわね。本当の事ではないわ」


 シエンは私がフィロメイラさまの娘だと証言した。子爵の言っていた、私が子爵とフィロメイラさまとの間に生まれた子だと言うのは嘘だったらしい。ではどうしてフィロメイラさまは、子爵に囚われてあのような立場に置かれていたのだろう?

私の怪訝そうな顔を見て、察したようにシエンは言った。


「これは私達が来るよりも先に囚われの身になっていた人魚から聞いた話だけど、フィロメイラさまも、人魚を誘い出す笛の音に騙されて塔に近づき囚われの身になったらしいの。その時にはフィロメイラさまは妊娠していて、あの男はそれを利用しようとした。無事に子供を産み落としたかったら、ここで管理人となれと。しかも、あの男は産後で弱っているフィロメイラさまから、生まれたばかりの赤子を取り上げて、『この子は自分の娘とする』と言ったらしいわ。サーラが成人したらフィロメイラさまの代わりに管理人として買い殺す気だったそうよ」


「でもそれだとおかしいわ。私は子爵の子として育てられていないけど?」



 当時、子爵は赤子だった私を人質に取り、フィロメイラさまに言うことを聞かせようとしたらしいが、その話が本当だとすると矛盾があるように思われた。私は生まれてすぐに母の実家にいた祖母と、父ジグルドに預けられたのだ。子爵の娘として育ってはいない。つまり人質としての役目を果たしていない気がする。



「これはクラリー夫人が屋敷に火を付ける直前に話していたのだけど、子爵が自分の子だと思っている子は、自分が産んだ子だと言っていたわ。16年前、子爵の子を妊娠していた自分に向かって、乳母をしろ。と、言い、よそで産ませた子を押し付けてきた。その横柄な態度に腹が立って赤子を入れ替えたと言っていた」



 シエンの話で納得した。母クラリーは妊娠したことで、付き合っていた子爵が責任を取って、結婚してくれるのではないかと期待したのかも知れない。ところがその頃、子爵はあの男に魂替えの小刀で刺されて死に、体を奪われてしまった。

 そのことを知らない母は、恋人の態度が以前とは違うと分かっていながら、離れられなかったのは、惚れた弱みかも知れないし、子爵とは付き合いが長いし、何が何でも子爵夫人として認められたいという承認欲求もあったのかも知れない。

 そこを巧みに利用され都合の良い女となり下がった気がする。あの男は結婚をちらつかせ、クラリーを上手いこと扱ってきた。


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